よんでくれさえすれば
【よんでくれさえすれば】
きのう近所へ買い物にゆくとき、鼻唄でうたっていたのが、キャロル・キングのYou’ve got a friendだった。まなかいの雪景色とマッチするような気がして。
鼻唄マイベストテンのようなものがあるとすると、中学生時代に買って愛聴したアルバムの収録曲がおおい。トシだな。キャロル・キングの『つづれおり』は、ビートルズ以外では最初に買ったレコードで大好きだったが、その事実がバレるとオカマあつかいされるとおそれ、高校のころだれかにあげてしまった。以来すべて記憶のなかでのみ再生されている。
で、You’ve got a friendのリフ部分の訳詞は以下のようなものがいいのではと、うたいながらかんがえた。
はるなつあきふゆ
よんでくれさえすれば
のぞみのばしょへきっとゆく
だってともだちなんだから
唄ってみると、この曲の歌詞ぜんたいは、シンプルなんだけど、適確な省略があって、結局は詩的におもえる。鼻唄のコツは、ジェームス・テイラー調ではなく、黒っぽく、ビブラートをかけて唄うことだ。すると、気持ちが良い。
友情をねがう歌は恋愛ソングよりも泣ける、というのは、はたして星菫趣味なのか、ホモソーシャルなのか。
はずかしい話をすると、ぼくは「きょうの日はさようなら」でさえ、それをおもうと、ウルウルしてしまう。かつてそう告白すると、おもいっきり軽蔑した人間がふたりいた。「バカか」と。ひとりは女房、ひとりは某シンガーソングライター。ヘヘへッ
このはる旅立つ院生たちはいっしょにカラオケにいくと愉しかった。とりわけ女子。うまいし、かわいかった。もうカラオケであの面子が揃う機会がないかも、とおもうと、さすがにさみしい。ほかに良いものがあまりないから、札幌はカラオケ依存度が東京よりもとうぜん高いんだよね…
そういえば、立教で教えていた時代、教室で催された卒業証書授与式でした挨拶で、あとから学生にしきりに「泣けた」といわれたものがあった。こんな内容――
自分が出た大学が良い大学かどうかは卒業後にわかる。良い大学の学生は、卒業後も交流をつづけるんだ。人間関係をリセットなどしない。卒業後、人生がうまく行くひともいれば、そうでないひともいるだろう。とりわけそんな「そうでないひと」のことをおもいだして、励ますでもなく、ただ会おうとするのが、良い大学の卒業生じゃないか。だから合言葉はひとつ。All you have to do is call