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ハドソン川の奇跡 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

ハドソン川の奇跡のページです。

ハドソン川の奇跡

 
 
【クリント・イーストウッド監督『ハドソン川の奇跡』】
 
2009年1月15日、USエアウェイズ1549便がニューヨーク・ラガーディア空港を離陸した直後、左右のエンジンが鳥の群れを吸い込み機能停止、空港に戻るか別の空港に移れという管制塔からの指示を機長は聞かず、ニューヨーク市内をつらぬくようにながれるハドソン川の水面へと不時着した。厳寒の季節の出来事だったが、機体への浸水をものともせず乗客乗員155人は全員が無事。ハドソン川に浮かぶ機体の両翼に、乗客がびっしりと並び立っている衝撃的な空撮写真を記憶しているひとも多いだろう。
 
その「ハドソン川の奇跡」とよばれる「実話」(またしても)をクリント・イーストウッドが映画化した。ただし映画ジャンルは、パニック映画や危機脱出英雄譚ではない。事故調査委員会が振りかざす、空港に戻れたのではないかというコンピュータの判断と「人間の決断」がどのように交錯するか、そちらの闘争のほうにむしろ描写の重きが置かれている。
 
昨日、試写を観たあとに女房へ打ったメールをもとにして、以下、映画評としよう。
 
「上映時間96分。なんたるコンパクトさ」「それゆえの傑作」「イーストウッド映画は基本、2時間20分なのでびっくりした」
 
「初期作品のように爽快なエンディング。話法が抜群のアメリカ讃歌」「タイプはちがうが『ガントレット』や『ブロンコ・ビリー』の《読後》に似ている」「いっぽうでお馴染みの《悔恨》の主題がない」
 
「どう撮ったかわからないところが満載」「技術的に凄い」「とりわけ機体がハドソン川に着水してからあとの撮影」「多いときには百人近くが画面に収録され、しかもそれらのうごきが多様だから、ひと捌きが奇跡的」「機体をつくりあげておいて、《水》をCG合成したのだろうが、そのことがすでに意表を突く」「大規模撮影にはちがいないのに、運びがもたつかない」「編集の妙技を吟味する必要がある」「映像はハドソン川に実際に機体を浮かべ、当時のようすを精確に再現したようにしかみえない。この《活人画》へのこのみが『父親たちの星条旗』のラストとおなじ」
 
「語りの形式の幸福さが、そのままアメリカ映画へのオマージュになっている」「飛行機を襲った異変は、幾度か語り替えられる」「その意味で黒澤明『羅生門』への意識がみとめられる」「こういう順序」「悪夢(夢オチ)→部分再現→白昼夢(客観的視点が偽装される)→着水後の機長、副操縦士、CA、乗客たち、救助艇の人々の行動の詳細→条件を入力したうえでの空港回帰などのシミュレーション映像(実在操縦士を起用した版もある)→公聴会での採集音声レコーダー確認の場面に《付随する》資料としての完全再現映像――そうして《真実は逆説として開陳される》」「乗客を避難させた最後に、浸水した機内に乗客がのこっていないか確認をする機長をとらえる前進移動が、とりわけ英雄性と孤独が複合したショットとなっていて忘れられない」
 
「お約束事のように、ラストの公聴会で、機長トム・ハンクス、副操縦士アーロン・エッカートの劣勢が鮮やかにくつがえされる」「こういう順序」「鳥の群れがエンジンに突っ込んだとしても、人間は状態を確認したうえで善後策をさぐるから、コンピュータ・シミュレーションのような即座の判断などできない――この点がシミュレーションの条件に入力されていない」「左のエンジンがぎりぎり機能を保っていたというのはコンピュータの誤認だったことが、川から回収されたエンジンの状態から判明した」「ハドソン川への不時着は機長の奇跡的な英断で、これが唯一、乗客を救ったと結論できる」「このように一種の裁判劇だが、形勢が逆転して一挙に光明があふれてくる展開には既視感がある」
 
「根底にあるのはハワード・ホークス」「技術信奉、男の友情(トム・ハンクス、アーロン・エッカート)、航空性、が柱になっているから」「その意味で近作では『スペース・カウボーイ』とつうじている」「ただしいわば《行動の回春》を捉えた単純構造の『スペース・カウボーイ』にたいし、『ハドソン川の奇跡』のテーマはもっと複雑」「《タイミング》を離れての決断はない、決断は生き物、といったその主題は、動物行動学やアフォーダンスにも連絡している」「この意味でより複雑な感慨の傑作となった」「大団円でのリズムの畳み掛けが見事。これがアメリカ映画だと感涙にむせんでしまった」
 
――これで映画評となっただろうか。ネタバレととられるかもしれないが、この作品は物語ではなく、演出をわくわく確認すべき作品だから、べつに以上のように書いても問題はないとおもう。ともかく大好きな映画。能天気にみえてそうではない。9月24日、全国ロードショー公開。
 
 

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2016年09月08日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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