近況12月25日 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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近況12月25日

 
 
【近況12月25日】
 
本日の朝日新聞の読書欄「売れてる本」コーナーに、韓国系アメリカ人ピーター・トライアス〔中原尚哉・訳〕の『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』をあつかったぼくの書評が載っています〔との由〕。実は札幌は積雪量96センチ、12月としては50年ぶりの大雪を記録しているのですが、ぼくの住むところは、近隣のコンビニが次々つぶれ、現在はあるいて20分ちかくのところが最寄となってしまい、とてもこの細い凸凹、ざくざくの雪道では向かえないので、東京の女房に買ってきてもらった次第なのでした。
 
だれにでもわかりやすいことば、すくない字数で、面倒くさい対象を端的、かつ展開的に論じなければならない新聞書評、その宿命のきびしさを痛感した書評ではありました。というのも、この小説は、第二次世界大戦で枢軸国が勝利、敗戦したアメリカの東をナチスドイツが、西を大日本帝国が分割統治しているというP・K・ディックの高著『高い城の男』の設定を踏襲していて、この厄介でバロック的な歴史改変SFとの比較を必然的にしいられるからでした。この手続きが圧縮の必要、難解化、内容の面倒くささをよびださずにいない。アタマを抱えてしまいました。以下は、ラクに書きます(笑)。
 
『高い城の男』の主舞台のひとつがサンフランシスコの古物商だという設定は良く効いています。「敗戦」前のグッドオールドアメリカのがらくたが、戦勝国のマニアックな日本人の蒐集対象となっているとされたうえで、古物の偽物が現れ、同時に本名ではなく偽名を、しかも本当の任務を隠しもつ世界各国の「人物の偽物」が作中を跋扈、ノワールな不安をディック作品はかもしだします。ゆびひとつおせばすべてがひっくりかえるだろうディック特有の「贋物世界」。しかもボブ・ホープのギャグなど、それらがしずかに魅惑的なのです。
 
ディック作品の手柄は、入れ子構造が導入されていることです。作中に、聖書にタイトルの由来をもつ『イナゴ身重たく横たわる』という発禁小説がひそかに流布していて(「高い城の男」ともよばれる作者は命を狙われている)、その「さかさま世界」では歴史改変SF、つまりアメリカなど連合国側が勝利した設定になっている。ではわれわれの現実の歴史そのままなのかというと、これまた歴史的事実からは微妙に、かずかずズレているのでした。つまり「信憑」が多元的界面で半崩壊している過激さがそこにある。しかもディックの寸止め記述に、じつに味がある。
 
『高い城の男』では意図的に日本と中国がごっちゃにされていて、中国の古典『易経』が支配者にも被支配者にも猛威をふるい、みなが筮竹から出てくる卦で、日ごとの行動を判断する妄挙におかされています。それは作品での「表層」です。では深層にあたる小説内小説『イナゴ身重たく横たわる』はどうなのか。やがてヒロインは作者のもとを訪れて会見をする。すると、作者はその小説もカード使用によってだが、卦をつうじて『易経』下に書かれたSFだったと告白します。
 
歴史改変SFは偶然世界の探求です。だが偶然がいったん設定されてしまえば、物語はそのなかを、必然を標榜してうごく擬制をとる。これが「構想」というものです。ところが『高い城の男』では入れ子の中身をなす仮想小説が偶然に支配されていると暴露される。結果、「いま読んでいる」テキスト自体も偶然による狂った恣意ではないかと「内破」を起こすのです。ディック『高い城の男』ではこの内破の哲学性が、読後じわじわと迫ってきます。つまり恐怖は遅効的なのでした。
 
『高い城の男』を踏襲した傑作エンタテインメント『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』ではこの内破の構造はどこにあるのか。アメリカなど連合国側が勝利した歴史改変ゲーム「USA」のもつ感覚支配効果と同時に、より即物的には特高課員であるヒロイン・大槻昭子の身体が物語設定により「内破」してゆく蓄積にもあります。脳の内破と身体の内破が必然的に相即し、そこにエンタテインメントが宿るという、実際は恐怖にみちた託宣が、血沸き肉躍る驀進型の語りのなか不敵に装填されている。
 
書評はそのあたり(読解上の中心)を平易なことばで書こうと最初アプローチをしてみたのですが、読者にはむずかしいですと担当から相談を受け、『高い城の男』の記述を少なくし、より『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』の「美味しさ」を展開的にちりばめてゆきました。もとの記述じたいは平仄があっていましたが、ある部分を削除すると、途端にそれに遠隔対応する箇所が難解性をおびる(「詩作」に似ている)。この点についての担当編集者の指摘がじつに適確で、実際は書き直しの回数も多かったのですが、さほど苦労することなく完成稿を確定しました。このときに女房のチェックも一役二役三役買っています。
 
まあ、経緯はいっけん満身創痍ですが、実際は愉しく書いた短稿です。とりあえず情報量は多い。いましるさなかったこともおおくしるしているので、よろしければ本日の朝日新聞を――
 
 

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2016年12月25日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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