雑感2月9日 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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雑感2月9日

 
 
往古の和歌が、伝達意志も伝達内容もなく詠まれたとはとてもおもえない。詩はその原初的形態ではたしかな伝達性をふくんでいたというべきだろう。現代詩ではそれらがないと多くの口がいう。妄説であろうと謬見であろうと、そういわれることが、詩のどんな形態を想定しているのかをかんがえてみるのは、詩のつくり手にとって無駄ではない。
 
とりあえず詩を「難読詩」(読むのが困難な詩)、「可読詩」(読める詩)に二分してみる(のちにこの大別に面白みのないことをつづるつもりだが)。詩は漢籍・古語・雅語を満載した象徴詩であっても可読的でありえた。多く七・五の語調が可読性を保証していて、その語調のうえにもうろうな意味と像を、ひとは口にのぼすことができた。これは快感だったはずだ。その後の萩原朔太郎や中原中也にいまだにぶあつい人気がとりまいているのは、可読性を詩じたいがそのまま分泌しているためだろう。さらにその後のモダニズム――ダダ詩などは、新規=新規性の自同律のなかにあることが詩の形態的な自明性をみちびいていた。北園克衛の詩をむずかしくて読めないというひとなどいないだろう。
 
戦後詩でもある時代まで可読性問題は起こっていない。荒地派の詩は暗喩満載で見た目が堅牢、政治意識と疎外意識からくる絶望を多く射程に置いているが、その構造じたいはこれまた自明的だ。世界像も素朴。初期の田村隆一の詩ではその飛躍が美と恐怖にかならず変換する機微が「伝達」されるし、初期の北村太郎の詩ではくらい躊躇が空気のしめりを「伝え」、そこに時代的共感が「かならず」わきあがってくる。
 
モダニズム詩と荒地的暗喩詩はそれぞれの自明性、伝達性を分有していた。ところがそれらが混淆しだすと、自明性、伝達性ともにゆらいでくる。あえて乱暴な詩史観を披瀝すれば、自堕落な「野合」が起こったのは、六〇年代詩ではなく「六八年詩」、それを受けて助詞の誤用などを意図的におこない詩のフォルムに衝撃をあたえた男性七〇年代詩の一部、それにそれらを偶像化して成立した「文学的」「学習的」男性八〇年代詩だという整理でよいだろう。時代はランボー狂いだった。こういう記述は退屈なので、さっそくここで中断するが、この時点から難読詩の対概念としてライト・ヴァース(それも日本的な)がたちあがり、後づけ的な詩史観では辻征夫などに憧憬が集中している点は一言しておく。
 
「詩は可読的であるべきか」という設問への答は、「是」でゆるがないように一見おもえる。伝達性を手放した詩には贈与の意識が欠如している。脆弱な文芸ジャンルにおける前提=「無償性」が等閑されることは自己存立条件の破壊にすぎない――こういった揚言はいっけん経済論的におもえるが、境界突破的な贈与が孤立者から孤立者へとなされる「世界の真層」を勘案するなら、もともと贈与性を前提しない作品論そのものが破綻をきたしているとかんがえなおすべきなのだ。哲学的にはそんな問題機制となるだろう。
 
整理のため難読詩の特質をめぐってみる。前提的にあるのは、上述のように、伝達意志の欠落と、それ自身が贈与体ではないということだ。そのほかには――
 
【構造の非前面化】
すぐれたライト・ヴァースにあるのは、ひらがなや日常語、口語性の導入による語調のやわらかさではなく、あくまでも構造の明視性だ。ライト・ヴァースのいさぎよさは、それらを改行のつみかさね、段間空白、さらには「みじかさ」によって明示することにある。難読詩の多くは、モチベーションが書きながら探られ、ながくなるのみではなく、その構造性が陥没している。
 
【勘所が作者―読者間の割符となっていないこと】
あたりまえの話だが、商業的に成功している大衆小説などのばあい、作者が仕込む勘所は読者の読みの勘所へそのまま変換されている。「ここが味読の箇所」「ここが感涙の箇所」「ここが伏線消化の箇所」「ここがわらいの箇所」といった分節により、小説のながさが組成されているのだ。そういう分節じたいを組成にみちびくことが創作動機なのだとすれば、これが詩作に適用されない理由もない。ところが「構造」があやふやになってしまった、決断力と自己裁断力のない詩作では、読者と作者が着想面で合致する「割符のようなもの」が作中に形態化しない。それで作品が無惨にも読みながされ、読書も「体験」をうったえない。
 
【自分の詩が他者によって書かれていないこと】
「語り」を基盤に、時空間に綜合的な演出をほどこす小説家にたいし、詩は通常そのちいささを金科玉条とする。自分の書きつつあるものはより自明的なのだ。詩作ではこの条件をみずから奪わなければ退屈が起こる。難読詩ではそこで「陶酔」がもちいられる。いっぽう可読詩ではそこで「他者化」がもちいられる。他者化は「後年への約束」へと結実する。のちに読み直し、「これが自分の書いたものか」と驚嘆することがさいわいとなるのだ。ために、自己のしるし=「陶酔」が遮断され、付帯的に構造化がみちびかれる。陶酔は多く不注意によるが、自己の他者化は綿密な注意をその内実にしている。ライト・ヴァースの一見おだやかな口調に、他者化という峻厳な乖離が裏打ちされている点は看過されてはならない。
 
【語調や趣味の異様さなど、そこにあるノイズを了解できないこと】
詩作が身体性の残存なのはたしかだ。含羞にみちた詩作者はこのことをできるだけ回避しようとして、いわば余白や行間にだけ自己身体をのこす挙にでる。詩空間はそれで透明化し、読者の透視性と割符をあわせあう。すっきりした読者がすっきりした詩を読む典雅。詩をおもく濁らせるのは作者の余計な身体性が刻印されていることだろう。転倒して了解できない哲学が語られている際におぼえる疲弊。ところがよりちいさなところでは詩の細部にあらわれる「趣味」や「語調」への違和感も、じつは難読を形成してしまう。「人間的であること」をことさら詩にもとめるいわれはないが、非人間性を誇られるような倒錯に直面すると「伝達そのものの価値」がいちじるしく阻害される。
 
【音韻上の解決がないこと】
さきに象徴詩にかかわり言及したが、経験則でいうなら音韻のよさは難読性を溶解してしまう。もともと詩の伝達性は「志」だけの問題で、意味は伝達性のさほどの内実ではない。かんがえてみれば詩を読むことが体内での無音の音読へと転化した途端、詩の伝達は達成されてしまっている。難読性は身体によって解消されてしまうのだ。ということは逆に、難読性によって害される対象が読者の頭脳ではなく身体だという確認もできるだろう。
 
【詩論が透視できないこと】
あるていど詩作経験をつんでみればわかることだが、詩作者は自分の詩を定位しているものが、自分に湧いてきた詩論だと気づきはじめる。詩作は先賢の模倣から起こるとはいわれるが、語彙やフレーズなどを蒐集してくるだけでは詩にならない。ところが先賢から詩法が奪取され、それら蓄積物が醗酵しだすと、たとえ本人が模倣したと主張しても独自性をおびている詩ができるものだ。一篇の詩を定立せしめるものは、そこに潜勢している詩論なのだ。貞久秀紀が「明示法」をおおやけにするまえに、ことばにできないながら、その詩作上の明示法にすでに気づいていたファンは多かったとおもう。詩論によって詩がささえられているとき生じる印象が明澄感で、それは事物や当該身体の復権をもうながすのだから、よろこばしい。一方では詩法の斬新さにも打たれる。こういう機微のないものが、やはり難読詩となる。
 
【勿体ぶり、迂遠】
詩は詩でしかない。文学ではないのだ。そう捉えることが逆に詩を復権にみちびく。ところが詩の本来的権能を測りそこねると、いま現下につくりつつある詩が異様な方向――つまりは「文学」と天秤をつりあわす自己粉飾へと触手をのばしだす。むろんむきだしの承認願望や野心はとても読めたものではないが、この自己粉飾がたくみに自己神秘化と野合するばあいがある。これが叙述における「勿体ぶり」「迂遠」で、詩を書く者がより疎外されてきた(つまり詩を書く者の「性格」そのものがおかしいと一般的にいわれるようになった)八〇年代から目立つ傾向となった。性格がわるいから勿体ぶるのか、勿体ぶるから性格がわるいのかは鶏と卵の問題に似るが、詩を書くことと性格が癒着してしまうのは癪ではないか。ほんとうは「思考」が書いているはずなのだ。勿体ぶりの震源地がだれかはいうひつようがないだろうが、震源地そのものはフォロワーに較べ清澄で、その「怒りやすい」身体性がすばらしいとは銘記しておくべきかもしれない。
 
【過剰なこと】
詩は集中力を鞭打って、喘ぎながら書くものではない。自分をなだめ、自分そのものを間歇化し、自己冷却をかさねながら、些少ずつのばし、成立してくる構造の再帰的確認を刻々しいられるもののはずだ。読者がほんとうに再帰的に読むのは、そうして現れている「生成の構造」だろう。過剰な詩はそういった詩の清澄な贈与形式を破砕する。ここで過剰なものを一息に列挙してしまおう。「圧」「喩」「語彙力」「構文のかたち」「典拠=学殖性」、それらだ。これらが複合すると、それを盛るうつわはフレキシビリティのある散文形のほうが良いとかんたんに理解されるだろう。圧が高く、暗喩だらけで、語彙展覧を誇り、複雑な複文ばかりの衒学的な散文詩が、難読詩の恰好の標的として攻撃をくらいやすいのは必然だった。いま掲げた属性は、よくかんがえればそれぞれはわるくない。ただし野合はわるい。ここでもおなじ命題が回帰してくる。つまり構造が明示的でないものは、詩では贈与体とならないということだ。
 

 
むろん可読性をたもつ詩は連綿とうけつがれてきた。場所でいえば地方、属性でいえば老齢者、主題でいえば境涯、種類でいえば抒情に。それらの詩のつくりあげる層の厚さは度外視できない。というのは「構造」が見事で、さらなる詩論形成に資するめざましい作品が数多いためだ。これは一年間、「現代詩手帖」で詩集月評を担当してさらにつよく確認したこと。同時に、可読性のたかさを導入するため、あらたに流行しているものもある。「譚詩」がそれだ。
 
けれどもここでとりわけ対象にしたいのは、「変型ライト・ヴァース」だ。ライト・ヴァースの概念成立はW・H・オーデンの提唱による。俗謡性、遊戯性、洒脱、皮肉、口承性といったフォーキーな要件をもつものが、文学的な詩と対置された。日本詩では文学的な詩の深刻癖をわらうためライト・ヴァースの概念導入が自然だったが(七〇年代)、たぶんそこで日本語の特質がライト・ヴァース概念を即座に日本化させてしまう。ペーソス、日常性といった目的や主題にかかわるものの擁護のほかに、脚韻よりも頭韻がおこないやすいこと(頭韻の原動力は換喩だ)、文字系列がおもに漢字・ひらかな・カタカナの三種あるなかで、ひらがなが措辞を途端に軟化・溶化させてしまうこと、主語の省略構文が馴染まれていること、等時拍音によって強弱のない音韻を魅惑にみちびくのに和語・日常語の系譜があること、これらへの気づきにより、日本的ライト・ヴァースはやわらかく研磨されていったのだった。
 
では変型ライト・ヴァースとはなにか。最初の前段として、俗謡と言語遊戯詩を掛け合わせながら、一方で可読性そのものが清澄な十四行詩などを量産した谷川俊太郎がいる。他方で音韻アナロジーをフル駆動させながら極上のペーソスで読者を感銘にまきこんだ岩田宏がいる。ではその次の段階はというと、たとえば奇想とヴァルネラビリティによって感情の新規化をつづけた松下育男がいて、時空、存在、うつろい、身体、動物といった哲学的テーマを卓抜な技術で詩篇化する大橋政人がいる。これらにあるのはライト・ヴァースの「ライトネス」とともに、やはり詩篇構造の清澄な明示性なのだった。この「ライトネス」と「詩篇構造の明示性」を出発点にして、おそらく変型ライト・ヴァースが出立している。
 
ライト・ヴァースに短縮(圧縮ではない)を導入し異常接合を味わいにした神尾和寿。ライト・ヴァースに再帰的原理をもちこんだ金井雄二。ライト・ヴァースに切断と多声化を繰り込んだ廿楽順治。ライト・ヴァースに過剰生成を容れつつ可笑化を忘れない坂多瑩子。ライト・ヴァースに物語素の対立性を連続させることで譚詩から一線を保つ小川三郎。わたしじしんなら、ライト・ヴァース的なもの(境涯)に欠落と遅延の効果を交錯させているといえる。
 
これらはもちこまれたものによって、「構造性の継承」を再構造化にかえる不明地帯を形成するしかない。自明であり、自明でないというのが、これらの詩作者の感触なのではないか。むろん可読性にかかわる動力もかわる。通念的には可読性の擁護が詩の存続のためにひつようなのはいうまでもないが、変型ライト・ヴァースは、なんと可読性/難読性の弁別そのものを無効にしてしまうのだ。「それらは読める/同時に読めない」。「それらは読めない/同時に読める」。これらふたつの同時性が連鎖し、ループしてゆく。だから一読のみには適さない。この連鎖は、ドゥルーズが状況とアクションにかかわってしめしたS―A―S‘―A’―S‘’―A‘’―…に似ている。
 
もともと可読詩/難読詩の対立じたいに、おもしろみがないのだ。二項対立全体が退屈というのがひとつ。もうひとつ、(現代)詩の本懐は、「わかること」「わからないけどおもしろいこと」の中間に立ちあがっている。その事実がこの二項対立では無化されてしまうためだ。「わかればいい」というのは読者のリテラシー低下と傲慢をあとづけているし、その読者への詩作者側からの迎合をもふくんでいる。「贈与体」が親密ながら、謎のかがやきを放ってこそ、ひとは「詩魔」に憑かれるのではないか。
 
ライト・ヴァースを土台にしなくても、可読詩/難読詩の弁別無効が実現できる。江代充がそうだ。その詩には独特の再読誘惑がある。ゆるやかに読みながら、同時に音韻に間歇をくわえるような危ない遅読を禁じているのはその構文と哲学的清澄性と隠れた抒情によるのだが、そうして再読すると、江代詩は難読詩から可読詩へとすりかわってゆく。しかも段階的にすりかわってゆく。日本語の奇蹟というしかないだろう。
 
 

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2017年02月09日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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