雑感2月18日 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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雑感2月18日

 
 
詩は生において局在化したことばの軌跡だ。それは組成をもち、脈動をたたえる。詩作には感官が、思考が、記憶が、体験が利用される(導入される)。そうでなければそれが自分のものといえなくなるためだが、その利用=導入がなぜか離人症的になってしまうことを、つねに作者は銘記している。「自分の体験が原資になっているのに、まるでこれは自分ではないみたいだ」。これは、ことばと世界は膚接しているが、一体ではないことをしるしている。ひとつのりんごさえ命名ではなく命名以外なのだ。
 
ここから詩作にともなう恥辱の意味がわかる。詩作者は詩が生活の糧ではないから詩人とよばれるのを恥じる、というのでは本当の問題に到達していない。それよりも、「これは自分の詩です」と他人にさしだすことじたいに奇異をかんじ、このことが恥辱へと変転するというべきなのではないか。
 
本来的にはことばは空間の構成物どうよう、遍在しているはずだが、詩のことばはみずからの無際限を排除することでその捨身を実質化する(これは美化でも倫理化でもない)。たとえば朝方の散策でパンを焼く芳香がただよえば、パンと芳香のむすびつきではなく、ましてや幸福とのむすびつきでもなく、芳香が多様なものにむすびつくことを真逆の限定でしるそうとするのだ。それでたとえばこう書かれる。「芳香はいつもふたつただよう」。
 
選別が排除になり、一言が排中律になるとき、「現勢」と「その他」で構成された世界が詩作ではその他のほうにかたむこうとする。現勢をいなむことで全体にいたろうとするのだ(「おまえと世界の闘いでは…」)。どうしていつも、「現勢」以外への渇望が割り込んでしまうのか。そんなにつまらないのか。詩作者は連辞をあわくうすく味わいぶかく配備することがふつうだが、その営みをする自身に否定斜線がひかれるイメージをももっている。「自分ではないものの介入がある」。この自己判断が疎隔感となり、詩作者の生産物が、ひろがっていても局在となるのだった。有限性のあかしともいえる。
 
政治的には局在化のない(局在化によって守護されていない)秩序が例外状態であり(いまはそれだ)、秩序のない局在化が収容所だろう(多様化と平準化の並立というよりこの言い方のほうが身体にちかい)。それらはキアスムとして噛み合いをする。身体のうえに起こっているこの意味的咬合が境界になっている詩作者たちは、政治的な意味を超えた難民性をかかえている。だから社会派/言語派などといった詩作傾向にかかわる範疇わけ(二分)が無効になるのだ。境界を突破する者ではなく、自身が境界になっている者はどこにも行けない――移動するだけだ。
 
三群ある――不調和と切断を道具とする者。あいまいを信条とする者。調和をほどこそうと空間に音や構文をよびよせる者。ところがよくかんがえれば調和そのものは不調和とことなり自己記述的ではなく散布的だから調和とあいまいが結託し、二群しかない、というべきかもしれない(これも、カフカの書き方だ)。
 
不調和の形式が、驚愕を盛る繋辞構文だ。この構文は列挙される。なぜかそうなってしまう。意気軒昂にはこうした謎がある。いっぽう調和=あいまいの形式は、列挙に間歇を導入し、列挙から列挙性の実質をうばうことだ。実現された調和はしたがって不穏ともいえる。「あるいた」「みた」「ならんだ」「もたれた」「しゃがんだ」「聴いた」「隠した」「うらやんだ」「あらった」などなど――動詞の「尾」が途切れつつ再帰する。再帰がずれと同等なのだ。これが時間と空間をつくる。動詞は身体にあたる領分を擦過してゆく。そこにわたしではなく、わたしたちが現れ、春野や秋野がかがやくばあいもある。
 
ところがからだや感官でなされた動詞の林立は、軒昂であるべき意気を阻喪させてしまう。動詞の連続は力感的なはずなのに、詩文の時空化に必須の「間歇」が連打性をしぼませてしまうのだ。想定される詩的主体は、注意ぶかく読めば、なにかを忘れたようにぽつりぽつりうごくだけだ。うごきに静止が拮抗している。結果、場所は「ところどころ」になり、可視性は「みえたりみえなかったり」になり、直線も点線になり、ひいては夢想になる。これがあいまいさに侵入された調和の実質なのだ。これを外延にひろげ点在化させれば、まだ藤原安紀子いがいではほとんど詩的に実現されていない「散喩」が成立してしまう。
 
親和的なものが非親和だ――そうかたるのは不調和と切断を道具とする者たちで、この矛盾律にみえるものは実際には同一律にすぎない。逆になにごとも中間域しかこのまず、渦中にさえ余韻を計測してしまう調和愛好者は、非親和的なものが親和的だという排中律のなかに身を置く。以前、わたしは貞久秀紀氏を論ずる文章に「排中律と融即」と題したことがあったが、「Aと非Aの和が全体だ」という排中律は、「ひとつのなかにAと非Aが同時的だ」という融即と、もともとが対だった。そうでなければ石ころすら拾い上げられないのが、調和愛好者ではないか。
 
むろん排中律と融即を記述の同時性とすることは、平叙性からいえば倒錯的だ。だがその機微が書く手許に局在化してしまう。これが調和的詩作者のゆえんだとするなら、その実際の生業はサラリーマンでも商売人でも教員でも犯罪者でも主婦でもなんでもいい。疎外された職業の経験すらむしろ詩作の原資になるだろう。だからこそ非親和な調和へと届く。けれどもたとえば大学教員のように一般的に恵まれているとおもわれる職種では、その仕事内容を基盤に詩をしるすことが禁じ手となる。リア充よばわりするよりも、「非親和な調和」がむかえられないから方策的に誤っているといいたいのだ。それは自慢というまえに誤答なのだった。詩作に自己脱色がない。いっぽうサラリーマンはもともと自己脱色的だ。
 
散策者の散策をたたえること、それは「あるく」を基盤に、その他の動詞系列が間歇化してその身体をとりまき、身体が空洞のままあるく放心をうつくしいとおもうことだ。感情面においては悲哀がもっとも上質だが、表情面において放心ほどの本質があるだろうか。しかも放心に中身があるとすれば、それは益体もない聯想にすぎないのだ。ほんとうの聯想は「以外」にしかむいていない。これが身体だけに局在し、思考を例外化した者とくゆうの表情だ。
 
表情は表情の所在までは感知させるが、畢竟「それはみえない」。顔をうばわれた身体だけが、すこし離れた位置に局在化し、「それがあるいている」。とりあえずこの収容所内はあるける――そのことが散策詩では書かれた。しかも前言のようにそれを「これが自分の詩です」とさしだすのがはばかれる。羞恥はどこまでもつきまとう。だとすれば詩作に自分の顔を添付するなぞもってのほかだ。そんな提案が最近とある編集者からあったが、むろん固辞した。
 
そうだ、詩作のさだめとして――「詩の顔」はきえてゆく。だれかの身体だけがのこる。
 
 

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2017年02月18日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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