テンポラリースペース
【テンポラリースペース】
かずかずの弦を鳴らすひとがいて
とてもひとりではないようだ
おおくの音のすきまに層があって
そこへオーボエとしてはいってゆく
名刺に針でいとをとおした層体のある
花火の家の入口は印房さながら
なまえが賑わってあたまには火の字が
くらくらと刺繍されてあかるい
やまとやあつし、いづつとしひこ
おんがくは音どうしの関係だが
しつかんの関係性でもあるだろう
そえることがあらわれのありかたで
石狩がおおきく堆積した砂洲なら
さみしさの泥炭をつけくわえる
対だったおんな坑夫のいきたあかしも
かんがえられたすべてからの影だと
くちびるは幾つかを幾つかのまま
まぼろしでうかばせようとしていた
ふぶく砂洲へすわりさけびつづけたひと
衰滅にあたらしいこえをのせたひと
こわれてからがうちがわの声になると
からだにはしあわせな懲罰がはしる
北の大地も島ふたつがぶつかりとけて
接合部が褶曲し山の鼻梁になったが
その鼻には魚介の化石がうもれて
それがりんかくの星形とひびきあう
ひろがるけしきがみしらぬかおに似て
多とするあたまに花をあまらせるしびと
うつくしいはなびとがたどりつけば
足下にはこちらのしたオーボエがながれ
みなやわらかくふまれる紙の基底材だ
ぐうぜんと旅の層はそのひとの身の丈を
いちだんすきとおる褶曲にかえている
毀損するまでたたかれるなにかの連続が
からだからの弦の音をただ鬼気にして
そのかおがすでに多重露光だったのだから
みえなさはすでになつかしくみえていて
すきとおるロシア的なひとみの穴も
めぐりの糸をかぎりなくとおしてゆく
なんという共感のゆたかさなのか
とてもひとりひとりではないようだ
どうさをつぎつぎとまきちらして
そこにあった直前をひたすら推敲し
ときのかさねをきたえあげるひと
朱の墨汁で棒みたいな人の字を
巻紙のうえアルカイックにえぐり
書き順の痕跡がその場にのこる
やわらかい緩慢がはいつくばって
みないことが書字をいきものにして
ひみつは線のままの延長なのに
それゆえむしろふかくひみつになると
オーボエのこころがただ敬服する
そのひとの刻々に伴奏をそなえつづけ
この世のかぞえられなさにもゆれて