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花の街三番 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

花の街三番のページです。

花の街三番

 
 
【「花の街」三番】
 
たぶん小学校中学年のクラス合唱課題として、江間章子作詞「花の街」にはじめて接した。中学校でも唄わされた。あまったるい歌。しかもそれは、胸のなかが飽和する息づまりによって「泣ける」歌だとすぐに体感された。不機嫌さが常だったので警戒した。しかも(後知恵でいえば)三木露風作詞「赤とんぼ」に代表されるような、とおりのいい抒情ともなにかちがう。
 
團伊玖磨作曲のピアノ伴奏が蛇腹のかたちにひらく。ひらいたものがそのまま散乱する。そうしてカラフルな景物がもつれあいながらながれてゆく。まきこまれる。「風のリボン」になる。からだにおもさがなくなる。どこをとおっているのか、目標をみいだせないのに、その「みいだせなさ」のなかへ唄うからだが拉し去られてしまう。粉ごなになる。このことが「泣かれる」。
 
「春の讃歌=祝言」という了解だけのある、不定形な万物の移動、「あふれ」。一番は「谷と風」。二番は「海と街」。ところが対置されたものが、たがいの像を消しさえもする。壮麗な相殺、それこそがおおきな照応のあかしだというように。
 
ふりかえると全般に、歌詞の措辞が不全で、隻句がじつに不安定に散らされている。児戯とさえおもえる。その状態に、すきまをかんじ、あやうくブレスをおこなったのだろうか。まだ幼年時に属することなので、よくはおぼえていない。別べつのものこそがすきまをつくりだし、そのすきまが帯電して、「みちること」がはかなく成就される。ひとのさだめのようにもおもわれた。そうしたいっさいが「輪になって」、円環をなしていると、歌詞はかすかにいいさだめていた。讃歌の裏側に諦念がはりつめている。
 
ふと、この歌を唄う同級女子の横顔をみやる。顔や顔がももいろに、なおかつすきまだらけに上気している。みんな北山修がすきだった。縁語をマーケティングで自動的にちりばめる安直さを批判できないでいた。恐怖をも分泌する「花の街」は、それからずっと離れていた。フォークル、サトウハチロー作詞の「悲しくてやりきれない」の真正なメランコリーとどうように、離れていた。
 
ついには暮色にしずんでゆく三番のくらさに、こころをしぼられた。七色の消滅こそが暮色=色彩だという逆転。詐術により、「一人さびしく/泣いていた」のは自分だと、男女かまわず納得させられてしまう。その冒頭二行が後年になり、詩学的な戦慄をにぶく開陳していると、やっと気づいた。
 
すみれ色してた窓で
泣いていたよ 街の角で
 
誤記ではないかとすら疑いがおこる。助詞「で」の重複が瑕になっているのだから。だが江間章子は確信的だったはずだ。最初の「窓で」は次の行へわたり、「窓で/泣いていたよ」の構文をつくる。「で」は単純な主体位置の指示とうけとれる。主体はみた(みおろした)。街の角「で」泣いていた、ほとんど幽霊とおもえる、アノニムなだれかを。それは主体の脱出可能性として位置している。
 
位置関係が加算される。窓からみおろすと、街の角がみえると。そうなると主体(たぶんこども)は所在なく街のゆうぐれをみおろす孤独のなかにいることになる。「泣いていた」は主体と客体に共有され、相互性が消されて一体化へと導かれる。どうじに「泣いていた」は、日本の詩法でいえば掛詞の該当箇所よろしく二重化されている。そうした判断をうながすために、行末ふたつでの「で」の重複が図られているはずだ。これは助詞の重複が発展をみちびいた稀有な例ではないだろうか。
 
詩学的な問題ならこうだ。重複は最初に逼塞を用意する。逼塞は空間上うすさに親和する。ところがうすさにはゆいいつ救済の契機がある。うすさにより、合体や溶融が起こることがそれだ。そうして「すみれ色」のなかで、主体がみおろす客体に、同一化が生じ、孤独が孤独のまま異相化してしまう。同一のふたりが、なおかつ同一のままふたりである様相が、深刻で異常なのだとかんがえる。
 
窓が、主体と客体とがサンドイッチとして挟む「具」になっている。一見はそうだ。それは内と外のあいだに挿しこまれるものだからだ。だが本当をいえば、サンドイッチ機能をもつのは窓のほうだろう。窓はおのれじしんを透明さによって挟みこんで、そのうすさのなかに、内にいる者と外にいる者を、本質的な同在として繰り入れ、さらにその推移すべてをみえなくさせているのではないか。その「みえなさ」と、減喩的な「足りなさ」の双方が、この三番の冒頭二行にある。壊れている措辞は真実のなにかを欠落のなかに胚胎する――「花の街」はそうした恐怖の達成なのだった。
 
 

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2017年11月10日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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