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フー・ボー『象は静かに座っている』 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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フー・ボー『象は静かに座っている』

 
 
【フー・ボー監督・脚本・編集『象は静かに座っている』】
 
 
発端が結末になり、結末が発端になる――このふたつの運動をこれほど哀切に連鎖させる映画などほかに存在しないだろう。大陸中国の第七世代というべきなのか、フー・ボー(胡波)監督による234分の衝撃作『象は静かに座っている』がそれだ。ケータイ盗難をめぐる校内の諍いで同級生を結果的に死に追いやってしまう少年ブー、学校の副主任との浮気をしるす煽情的な映像がネットに拡散されてしまう少女リン、人妻を寝取っている渦中そこに踏み込まれた夫(彼の友人でもある)に投身自殺されてしまう地元のイケメン不良ユー・チェン、手狭な居住空間から駆逐され、しいられそうになる介護ホーム行きを愛犬の世話の必要から拒んでいたのに、その愛犬が大型犬に食い殺されてしまう老人ジン。最初バラバラに提示され、やがて上述した事態に至るこの四つの軸は、次第にそれぞれの尾を噛みあうようなウロボロス的関連性を付与されてゆっくり世界を拡張させてゆく。道具のひとつがビリアードのキュー。それぞれにはある一瞬に衝撃的な事実が直撃するのに、身体的な痛覚がそこに減殺されているように感じるのは、たえず結末を発端に噛み変える「時間」が静かに、流暢に作品を流れ続けるためだろう。人物たちは時間の一部なのだ。貧困感、不潔感、疎外性にみちた「集合住宅の一階ではない高層の気配」が冒頭連続して窓外に感じられると、それがそのまま人物たちの前提的な稀薄性に結びついてゆく。手持ちの長回しは意図的に対象に寄りすぎて近視眼的な構図をつくり、やがてカメラがわずかに回り込んで、いったん発端として唐突に捉えた空間に、ショットの結末を施してゆく。素晴らしい。ショットはおよそそうした単純な連続なのだが、そこから建造物の暗い石材性が浮かびあがり、疎外的風景の変哲のない詩情が浮かびあがり、貧困に喘ぐ人物たちの瞬間的な美までもが浮かびあがってくるのだ。とりわけこの大作を観終わって何度も記憶に蘇ってくるのは、この監督の符牒ともいえるだろう一画面内のピントの外れた細部の多さと、設定される光の少なさによる物理的な画面の暗さへの偏愛、さらには二、三人の人物をどのように画面に収めるかについて発揮される異様にヴァリエーションに富んだ構図意識の才能だろう。科白や呼吸や動作の生々しさももちろん作品での記憶に値する要素だが、幾何学性にも昇華されよう人物「構図」の適確性から記憶が離れることができないのだ。寓話的な設定はただひとつ。人物たちが示し合わせたわけでもないのに、こぞって満州里の動物園の檻内に静かに座り続けている一頭の象を見たがっているということ。作品は四人の主要人物たちに壊滅的な打撃を与えたのち、うち三人をついにその満州里にいざなおうとする。ここで科白上でも結末と発端が噛みあう本作の主題が露呈する。老人ジンが言うのだ、ここではない場所を望んで脱出を試みても辿り着く場所はやはり以前とおなじ、しかしそれでも異なりをもとめ現状脱出を図らずにはいられない云々と。ウロボロスは「おなじもの」の帰着にしか貢献しないようにみえて、個々のウロボロスが差異を連鎖形成させるといえばいいのだろうか。ともあれこの作品に窺える「希望」はこうしてかくも峻厳で辛辣なのだった。結末と発端が――発端と結末が一致すること、なんとそれはフー・ボー監督の実人生の次元にまで転位されてしまう。彼はこの処女作『象は静かに眠っている』を完成したあと、29歳の若さで夭折してしまうのだ。自殺なのだが、詳細はネット記事ではよくわからない。ともあれ処女作=遺作という「発端と結末の一致」がこうして現実として突きつけられる。四時間近くの大作をみごと完成させたとはいえ、この一瞬の映画的彗星の通過に息を飲まないものはいないだろう。本作は去年の東京フィルメックスで『牯嶺街少年殺人事件』以来の傑作として絶賛を集めた。本年11月、シアター・イメージフォーラムその他で公開される。8月16日、東京・市ヶ谷のシネアーツ試写室にて鑑賞。
 
 

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2019年08月17日 日記 トラックバック(0) コメント(2)

書き落としたが、フー・ボー監督は現実音の繊細で大胆な演出も忘れがたい。とくにフレーム外の音。それと、ユー・チェンとブーのあいだに兆す「赦し」の数瞬も長く記憶にのこる。

2019年08月17日 阿部嘉昭 URL 編集

浮気されて自死した男の「死の容易性」がのちのち気に懸かるなあ。それと、ユー・チェンが隧道で美人に語る「因果関係の脱論理的超越」も。どちらも「自死する男のつくった映画」を側面的に立証してしまう

2019年08月19日 阿部嘉昭 URL 編集












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