三十吟
背を腹に代へよドブロク小路燻ゆ
肥ゆる馬禾原にゐて怖がりぬ
秋の蚊もあきつも弱し夕浄土
遠国の絃黄金(きん)にして楽を刷く
紅葉手をひらかぬ星霜千と一
霧の夜は草鞋ふたつを眸(まみ)にして
困憊の苔をとどめよ秋の亀
錦鯉朝めくるごとぬつと寄る
陋屋に追慕の粉のやうなもの
絹空を雷ちかづきぬ黄泉に似る
ものものしく老けて手桶へ水を取る
虚帝らと浮世の外の風呂にゐて
終章をひくく唄へば白蛾舞ふ
字を書きて泥鰌流るる軸の底
地震(なゐ)ののち澄む井戸水に畏怖ひとつ
朝寝後のおぼつかぬとき使徒を追ふ
火を呑んで肋ばらばら扇鳥
減少を詩にしてすこし右手透く
粟粒に来世をみれば小さくなる
没頭のごとし桔梗に頭(づ)を容れる
蜻蛉から棄教を継いで衰(すゐ)の日々
少年を餐後炎やせり鬱金粥
鉄菱を来し方に置き夢路ゆく
四不像の鵺の悲をもて詩集編む
おもひでの川を垂らして湖(うみ)の鬱
吟行は銀に遭ふ旅すすき世の
鈍痛に似て檻なかの鷹の羽
花の数くづれてただの数となる
問答が川しもへ往く猿と猿
青降つて別世界なり茗荷谷
(自:九月五日午前五時三十分 - 至:同日午前七時)