赤司琴梨『個室』
おそるべき「2021年3月 早稲田大学卒業予定」だ。インカレポエトリのひとり、赤司琴梨さんが第一詩集『個室』(七月堂)をまとめた。身体異変や排泄などに伴う不気味なイメージはみな孤独に軋んでいる。改行系の詩篇では、理路の狂いや文脈の切断もあって、簡単な語彙なのに注意が要るし、空間認識がシンコペーションになる箇所もある。反復があればそれも尋常でなく、立ち止まったり、咀嚼をしいられたりする。概して、詩篇群の背後に想定される書記主体が身体的に危うく、その危うさがかえって愛着を引き寄せるのを感じる。若い女性の、分光器経由の日常展覧という見切りをやすやすと超えるのは、改行の行尻の清潔な進展力が、上記諸要因により、遅滞化ももたらすためだ。穏やかな読速に自然に導いてゆく天性は、実際は詩の顕現の二重性と緻密に表裏している。つまり、書記主体の個性が、書記自体のひそかな特異性によって凌駕されている刻々が、時間に内在する喪失と連絡し、粛然とするのだ。「白樺の森」「寝室」「飛行機」「さなぎ」「砂丘」「ドライブ」など全篇引用したい佳篇に事欠かないが、「過眠」の二箇所だけ抜いてみる。二箇所めは末尾。しかしそうしてみると、全体が微妙に有機的につながっていて、細部剥離に馴染まない峻厳さに貫かれていると気づく。この組成こそ、この作者の才能のあかしだろう。
夜明けごろ
寝付けないので駅に行くと
ホームの反対側では
帰ったはずの男が
起きろよお起きろよお
とよろめき続けているのを見た
健康な方の体は
直立不動で快速列車の風を感じ
不健康な方の体は
横たわって頭皮の痒みに苦しむ
*
血の混じったふけを
爪の間から取り除いて
次に男が部屋に来たとき
この睡眠を
食い破ってくれなければ
さもなければ
と考えながら
寝返りを打つたび
わたしはまた
いなくなる