知床球場 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

知床球場のページです。

知床球場

 
【知床球場】


――以上つづった光の詩文は 毛と骨のあいだにある、
秋の夕暮にとりわけふかまった、地軸をおもう鳥のこころだった。
翔んで瞰下ろすときにのみ渡ってくるもの。渡ってきて鳥骨を消すもの。
ひいては飛翔さえも消し、西空を風の残骸に赤らめるもの。風でない風、

ひと日をかけて数百の蜘蛛が草原に花とかけた巣もそうしたものにゆれて、
ついには最後の舌を呼び 順に色のない爆発を起こしてゆく。
草原は草原以上をゆらり浮上する。寧日の瞬時の終わり、叫喚の消滅、
刺すかたちの知床が突き通される。そこにある秋蝶も群れのまま羅針化した。
これからは乙女の国のどんな薄葉に休らうのだ薄ばねよ、

鐘の音の尾がとけて、自同を交換する世紀がはじまっていた。
「私は私」「お前はお前」、そんな定言律の隙を草染めの慰撫でみたし、
肉声も草声にし、植物肩を下げ、恋愛は蝶胴の草汁をしぼりだす。
ずっと下校時だった。交換した片腕で最初にするのがそれぞれの自慰だったから
草が上空にこじあけている窓、そこでの悲哀も自転を複合するよう高まった。

「あなたのマッチ箱に僕のマッチを」、この構文中の人称は取り替えられる。
取り替えられることで 愛の自動がうららかな内延となり、
ロボット的自省でおのれをはかなんでは 手鏡にも虫の顔をみることができた。
前釦をとめながら「順番が大事」と誓う。詩文にもその信条を埋めた。
腕でなした円の惨状すら実況した、ふりかぶろうと自身に巻こうと。
もだんはこの姿勢のなかへ回帰して、心情の未来性のみを通貨とするか。

往年は球場があって、それらは空を臨み、地上多種の円と交響していた。
(そこの草のかたちはそれだった、(かたちだけが残って何も観戦されない今、
約束をになった走者が土に帰るため ホームベースへ滑りこむ。
拍手もないままに実際に土に帰ったその幻をそれぞれの鞄に仕舞って、
ふみわけるこの末代の花道も葛へといたる岐路をもつかな
暮れてみればたがいの拳にも星斑があって、落日の完了までを握りあう。
この盟約を どうしてあれら鳥のものでないといえるだろう。

まっくらになっても鼓動をつたえてみた知床球場からの帰り、
ハリウッド顔ベイブの聖なる滞空は 振り返らずとも、ない。
野球の語も草球を草棒で打つ淋しさの本義にもどった。
ならば自身で投げた球さえ 駆けこんでみずから叩けるだろう。
ユダ的自演、まさにそれで誓われるのだ「順番が大事」と。





昨日に引き続いて今日は『高岡修全詩集 1969〜2003』を読んだ。
古本サイトで購入していたものだ。
収録全八詩集では、自己規定にそれぞれ交換原則のようなものがある。
それで現代短歌(たとえば葛原妙子/寺山修司)を内包した短詩から、
粕谷栄市的散文詩まで、全体に繚乱たる幅をもつことになった。
「全詩集」という圧倒感よりも、
流れる時間の多様に身を預ける悦びをおぼえた。

高岡修の詩は、「詩文庫」のように目の詰まったレイアウトでは
伝わってこない微動がある、ともおもった。
『蛇』はこんどオリジナル詩集を買ってみようか。

彼の詩にたいし吉岡実の影響を云々する評言が多いが、
話法という点で石原吉郎の影響を終始一貫かんじる。
『サンチョパンサ』からその晩年詩篇まで。
石原の個性には何かパスティーシュを阻むものがあるので、
この高岡の姿勢を稀有とおもった。最良の石原主義者。
そして何かが律儀なのだ。

この律儀さが、文学性だけで彼の詩をめぐらせてしまう。
季題にあたる詩語の多さも最上級だろうが、
それらさえ俳味ではなく文学へと反転してしまう。
世代差だろうか、詩と文学を峻別する奇怪な傾きが僕にはあって、
それで高岡の詩がすばらしくても、どこか焼け残りのような自分になる。

まずは詩語において狂えないか。
しずかさであっても狂えないか。
この自証のため上の詩も書いてみたのだが、
これはたぶんもっと失敗しているとおもう
(実際は書いたばかりでまだよくわからない)。
突破しにくい関門が、たしかに詩作にはあるということだろう。

高岡に刺激を受けた二日間。

それにしても高岡の『全詩集』、巻頭のおまけのようについている
初期詩篇(とりわけ一篇め)にはググッときた。
最良の「68年詩」だったのだ。



そのご夕方から保坂和志『小説、世界の奏でる音楽』を読みだした。
 

2008年10月09日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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