連詩A、七から十五まで ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

連詩A、七から十五までのページです。

連詩A、七から十五まで

 
【鉛筆H】
阿部嘉昭


馬車が通りすぎれば
往来が縦横にできる
秋の街路はねむい
透明すぎて眠いというのは
たぶんケダモノのあかし
眼で測るものにも限界あって
「そそくさ」という地上の草を
ほら一身で愛していった

お急ぎですか思想のテキヤ
ちんぽこが真昼の星座なので
橋のうえに座れもしない
殺傷にむけ私を予行するとしても
自分の手からはさらに手が伸びてゆく
バケツをぶちまける
この外延性は何だ
何の讃歌でしょうか
彼岸花が枯れたようなひともいて
そそくさとその肩をつまんでやった

Hといわれつづけたが
そんな鉛筆じゃない、この棒状は





【シャープナー】
伊藤浩介


花びらくぐり
肌に潜れば
もう何を獣頭というのか
こっけい ゆえに堕した吐息は
あい飢えた もののけのように
欠落した僕の水平を 
あざ笑いにきたのだ

いつもなら あるいは
無機的な跳ね馬でも
愛でればかたい導体となって
孤独な僕の 誇大な芯を
ただ削るように 撫ぜてくれた。

押しては確かめつつ
言葉枯らして
ただ酔うままに
はぐるまを回し
絡みあう歯は決して逸れず
おどる機械が交差する

ああ、次第に尖っていく
僕の頭は





【僕と相武紗季】
望月裕二郎


僕は首から上が相武紗季だ
健康そうに日焼けした肌
学生時代は部活に打ち込んでましたみたいなえくぼ
(資本主義的には誤っている)
しかし僕は首から下が相武紗季ではない
だから僕は知らない
(芯を失った機械の踊りを)
相武紗季とは結婚できないということを

相武紗季の首から上は相武紗季ではなく僕である
塗料の摩滅した肌
電源スイッチを隠すための人工ぼくろ
(資本主義的に正しいのはこっちだ)
それでいて相武紗季は首から下がしっかりと相武紗季なのである
ゆえに相武紗季は知っている
(馬の延長であるところの言葉を)
ちょっとフライデーされちゃった方がかわいいということを

さて、
僕のあたまか相武紗季のからだか
どちらが先に崩れるか。
さしあたって僕は塩キャラメルをぺろぺろと溶かす





【ふわふわ】
都野有美


廃れると私は私でない
ヘアメイクには気を遣わなくてはいけない
私は私
主従の関係など
客体には意味をなさないので
外行きの財布にカビが生えたとしても
それはよくあることだ

(時給上げてください店長)
(ミニトマトじゃなくて、蒟蒻ゼリーで隙間埋めたいです)

ふわふわした頭で考え
アルコール除菌するものの
なんとなくで生きている
ゆえに弁当箱を洗い忘れることも
かなりよくあることだ
それから五日後
蓋を開けたときに変異
しているものは
引きこもらない私だ
という
せかんどらいふ





【動物園】
水野 桂


きっと映画のなかで
生きている人はみんな死んでいる
なめらかに生成された言葉は
どれも私のものではないから

私に帰るのは
ふたがそっと開けられた時
黒インクは
さめざめと決壊する

木曜日という速度で
片づけられた仕事でさえ
私ではない
という感度は
ますます尖っている
視界がある人にはわからない
こめかみを失ったひとならわかる
私が私でないということ

点、という価値観において
気が合うだろう私たちは
青白い背面を散歩する
動物だった





【チョコレート】
中村ふみ代


私の立っているそこが
フェアであるために
指輪は常に磨かれていた

指輪をはずそうとすれば
指先は赤黒く変色し
力ずくで指は根元から外れても
指輪がはずれることはない
目の奥がまた
じりじりと痛んだ

ハイライトをのせた目頭は
いつもピントが合わない
つま先から熟れた肩上10センチ
頬は頭までしびれてくる
2人の幻滅は
チョコレートが白い時
指の腹だけでは
混ぜ合えない不安に
机をこする音がして
そっと
どろけいが始まった





【背骨が痛い】
三角みづ紀


いちばんたいせつな
ゆいいつの指に
のこる、痕
かなしい?
かなしくないよ
うれしい?
うれしくないよ
しとねの欠けた
ころしあいは
あくる朝
からだがいたいの

おわらない
おわらせたくない
おわりたくない
平行線で。
しあわせだって彼女がないた
しあわせだって僕がわらった
平行線で。
痕が。





【二十歳を過ぎて】
大中真慶


肩のあざは生まれつき
二十歳を過ぎて
あざは紅葉するようになり
市道の左右にほぼ等間隔で並ぶ
イチョウと肩を並べる
葉と枝を一時結ぶ茎は
黄色が白と混ざり合っていて
心地よい固さ
細い枝はいくなん学的に駆け巡り
親元の枝に回収される
それらは曲がりながら
斜め下に下降し幹に繋がる
その繋がりにぶら下がっている
二十代男性
(こんな昼間に
(学生だろうか
それが私だ
樹皮は三角形が重なったようで
2cmに達する亀裂にアリを発見した
足をブラブラさせて通行人の邪魔だ





【路傍霊】
阿部嘉昭


幾何よ、いくなん
曲学阿世はまがりおもねる
秋は かどいくつ越えて
路傍霊の淡い拡がり
枯葉を肩に積んでは
もえる銀の実たべた
(陽の痕になってゆく

木のぼり上手が
千年ぶらさがっているなら
へちまと揺れろ以後百年も
泥−警の在世の間に
経済の折れ線グラフを泳ぎ
あなた曲がるぶらさがる

花粉浮く大きな湯船を
巡礼とともに通行する
誰も入っていないのに
すずしい亀頭
その数々だけが見えた

あるく植物たちの秋
炭焼き円のあの寝床まで




前日のB班につづき、
立教連詩連句演習、
今度はA班の二巡目を上にアップしました。
例によって、八篇目の付け筋確認のため
重複となりますが、阿部の七番も再アップ。

三角みづ紀という大物が闖入しているのに
みんな伸び伸びしているなあ。
僕は望月君の詩がとりわけ好きだ。
どこかがかわいいのだった。

連詩のコツは、たぶん詩篇内どこかに
「普遍」をもつ気概ではないだろうか。
そこが「それぞれの自分を消す」ための
付け筋ともなる。

それとリズム。
前詩篇の律動をもらい、
それに少し変化をつけるというのがたぶん正しい
(20行縛りの条件ならば)。
この次元ではまだ連句は
A班B班とも機能していない。

「語彙」を僕の「秋収め」の書き込み欄で、
三村京子が話題にした。

学生の語彙はほぼ彼らの日常から蒐集される。
僕だってそうだが、たぶん蒐集の筋道がちがう。
それで別次元の体系が
詩篇にリズミカルに組織されるのだとおもう。

とはいえ、学生から使える語彙をもらうのは
じつにすずしい体験だね
 

2008年10月16日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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