三村京子がロックした
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8月8日19時、渋谷7th Floorのステージに三村京子が立っている。
客席は満員、対バンの関係からか年齢層がすごく幅広い。
詩人の森川雅美さんが僕の隣にいる。
三村京子は白の可愛いブラウスと晒し紺のロングスカート。
例のごとくの「お嬢さんスタイル」(髪はショートボブ)だが
ぶらさげているギターがなんとエレキだ。
その赤いセミアコ(エレキなのに空洞共鳴がある)こそは
僕が25年以上つかっている愛器だったりなんかして(笑)。
コンセント接続。
僕の古いコードを流用したためか接続ノイズが少し出たままとなる。
意に介せずに、彼女はおもむろに弾きはじめるのだが、
その前に気づくべきは、
高校時代以来の、久しぶりのエレキ演奏とあって
三村さんの顔、とくにその眼に
ヤバくてつよい「男性性」がそこはかとなく滲んでいることだ。
客席を睥睨するというほどではないけど、
顔の中心を凛とした気概が確かに貫いている。
それでいつもよりエロっぽい(笑)。
「暴発」の予感がすでにした。
1)「孤りの炎」、2)「Birdland’s End」。
いずれも僕が補作詞した曲。
前者は70年代風の暗いイメージで、
クラシックギター奏法、途中、一音弾きが歌唱とユニゾンする。
後者は静かな朝食の光景に鳥の姿が二重写しになる、
元「ベジタリアン」だった三村さんらしい曲。
これもポール・サイモン風の、
フォークアルペジオの複雑な弦の響きが美しい。
2曲ともに、いつもよりゆっくりと唄っている。
エレキがセミアコである点が生かされている。
ただ、これなら別に使用楽器がアコギであってもいい。
実はリハのときはアコギ使用も考えていたのだが、
音が膨らみにくく、歌唱を支えにくいという判断が出て
この日はエレキ一本で通す、という路線変更があったのだった
(僕がそのように提言した)。
3)「別の肉になるまで」
よく聴くと「死にたくなる」必殺のダウナー失恋曲。
綺麗なメジャーコード進行の裏には「猛毒」が潜んでいる。
履いていた靴のハイヒールが細すぎて間に合わなかった、
相手に否定された、私は別の肉になるまで待機しなきゃならない、
それなら今のこの饐えた黒い指なぞみんなあげる、
と、信じがたいぼやき節が「ありえない」静かさのなか
流れるように連打されてゆく。
こんなヤバい詞を書いたのは誰かというと
これも実は僕=阿部なのだった(笑)。
この曲は途中からストローク奏法に変化する。
このとき初めて使用楽器がエレキである効果が前面化してくる。
ガーン、と実際に分厚い音が出て、
聴き手の「腹」が直撃される驚きが生じるのだ。
三村、すごく声が出ている。
これはアルバム制作の過程で声帯強化がうまくいったのと同時に
エレキを弾いているという意識の賜物だろう。
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ここからドラムスに
「俺はこんなもんじゃない」「タラチネ」のあだち麗三郎、
それと三村さんのご近所のマルチミュージシャン(この日はピアノ)、
monobook(以下須山真怜と表記)両君のサポートが加わってゆく。
真怜くんは基本的にバンド音に厚みをもたせるためのコード奏法、
たまにカクテルピアノっぽいエレガントなおかずも入れてゆく。
流麗感勝負のひと。
一方のあだち君は、前衛音楽にも関わっているので
ドラミングの個々の打撃音の種類がすごく豊富で
展開力勝負、という印象。
しかもポップロックの演奏にも実は手馴れていて、
重たいビートでバンド音全体の底支えをもする。
この二人との共演は去年の春の、下北モナレコード以来だった。
あだち君はドラミングのときの表情がいい。
中心演者の身体に、一種、策謀的にリズムを打ち込んでゆくのだ
(これはその後の二組の演奏でも終始変わらなかった)。
だから時にその眼がサディスティックに爛々と光る気配がある。
不敵というべきか、頬も法悦に緩む。
で、そうしたリズムを打ち込まれて、
三村さんの演奏・歌からリズム上の不安定さが消える。
声もどんどんつよくなってゆく。
ゲ、三村ってまったくロックじゃん、という素晴らしい感慨(笑)。
しかも本日は調子が絶好調で、トチリがほとんどない。
バンド音全体に3ピース形態からは考えにくい厚みと力感が出ている。
4)「青い花」=ノヴァリスとは無縁のレズ疑惑曲(笑)。
「入れて」という囁きのあとに「テントに」という落ちが来るなど
スケベな味付けは、やっぱり阿部補作詞曲の特徴といえる(笑)。
三村さん、久しぶりに演奏するこの曲に
前奏フレーズをくっつけていた。
80年代ニューウェイヴ調のシンプルで綺麗なフレーズ。
で、突如、マイナーコードがガーンとストロークされる。
そのアタックがあだち、真怜両君ともぴったり揃う。
真正=純然ロックがついに幕開けとなる。
ロックバンド音というのは、アコギ一本と較べ、
当然、聴き手にとっては「歌詞の入り」が悪くなる。
ただ、間歇的に歌詞の片々が耳朶を打てばいいのだ。
むろんふと耳が聴きとったフレーズ連鎖には動悸も生ずるはず。
たとえばこんな歌詞の一連がある。
《この首筋に残る傷 それが私の首飾り/
あなたの瞳は硝子張り 煙だけ見てる》。
ロック演奏でよりはっきりしてくるのは
三村さんのコード進行の才能だろう。
この曲はA、Bメロは比較的オーソドックスなマイナー進行だが
ものすごく創意に満ちたサビメロが入っている。
僕はこの曲のラスト、
《「遅刻」にさえも乗り遅れる》という一節が
時代を撃っている、と改めて確認した。
5)「寝床の藻屑」=引きこもり少女の歌、と
よく三村さんがセルフアナウンスする曲。
「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」のような
マイナー/メジャーの転調がうまく収まっている。
すごくJポップ的な印象があるが、
それは三村作曲の特徴、代用コードの効果からだ。
《大人にならない/小人でいたい》の「小人」は
阿部がベンヤミンから引用したもの。
三村さんの前奏にやはり工夫があった。
ジャーン、とコードストロークしてから
高いフレットでニューウェイヴ風のシンプルなおかずが入り、
それが連続する。
それと終奏手前に入る三村さんのアルペジオも美しい。
で、その途中はというと、ベース弦2、3本を叩くように弾く
リズミカルな奏法(こないだの下北レテで多用していた)。
あだち君のリズム、自分で刻むリズムにも煽られて
三村さんの上体が立てノリに揺れてくる。
足はいつもどおりしっかりと踏ん張って、
そこでも密かに身体の基調的リズムが刻まれている。
激しいビート。あだち君はドスッドスッ、という腹に響くリズムを
間歇的に反復してくる。
音にできる隙間を埋めているのが真怜ピアノのコードストロークだ。
「ロック度」がどんどん上昇してくる。
三村さんはリズム感がファジーとよくいわれている(笑)。
僕はなぜ普通の奏者のように上体や顎で
リズムが刻めないのか、といつも苦言を呈してきた。
足ではリズムを取るが、上体がいつも硬く、
それがリズムの狂う原因ではないかと指摘してきたのだった。
ところがこの日はそういった身体的束縛がほどけている。
ロック音、というより、あだち君のドラミングが大きい。
彼は、「ほぼ性的に」、三村さんの身体に「介入」しているのだった。
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6)「僕は嘘が嫌いさ」。
一転、バラード演奏となる。重たいドライヴ感。
そう、ドスッ、ドスッ、と「あだちドラム」がズシズシ響いている。
マイナーコード主体で、すごくJポップ的な曲だが、
三村さんはコードストロークの合間にジミヘン的なおかずを入れる。
微笑ましい(笑)。ジミヘンのレコードを貸した甲斐があった。
これは「京子と二郎と麗三郎」時代には
「You」の曲名で演奏されていたが、
最近、三村と阿部二人でぼんやりした歌詞をリニューアルさせた。
歌詞には三村が平塚時代に住んでいたマンションが唄われている。
ひとさわりのみを披露。
《夕暮れの海に沈む太陽のように
この躯 密かに黒い
あすも不死を誓う》
途中、意図的にリズムが「ポリ」になる瞬間がある。
三村、あだち、真怜が別のリズムを錯綜させるのだ。
で、復帰時、アタックが揃うとき「ロック」が生じて鳥肌が立った。
三村さんはラストに少しリードギターを弾いた。
下手であるがゆえにフレーズがギザギザしていてパンキッシュ。
完全にロック・モードに入ってしまった三村は
なんとこの曲から明瞭に、潰し声でシャウトを始めた。
つまり以前の小野洋子調とはちがう、ロックど真ん中のシャウト。
本日、最重量の演奏。ちょっとブランキーをおもった。
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7)「a wild horse」、阿部の作詞作曲。
ストーンズ「wild horses」の転化で
川べりの孤独な離れ馬に託し、
聖化した言葉が多用され、少女の心象風景が唄われる。
阿部の作曲だからF→Fmなど曲調がやさしく(笑)、
とくにD→Fのコード変転の美しさを自慢したい曲。
歌詞の一節をここでも、ひとさわり。
《狙われる――ひとりの者が
風満ちる――ひとりの者に
それでも思う この時が好き
いつでも願う この身よ溶けて霊になれ》
※「霊」は「零」とのダブルミーニング。
ここで三村のリードギターがついに完全炸裂した。
Am(7)→D(7)のコードを延々循環させて
三村が存分の長さであいだとラストの2回、
ギンギンのリードをとりはじめたのだった。
作った阿部がいうのもなんだが、
この曲にはニール・ヤングの曲調からのパクリが多い(笑)。
上の循環コードなど「ダウン・バイ・ザ・リヴァー」からのイタダキで
だからとうぜん三村のリードもニール・ヤング調になる。
女でこれほどギザギザに尖った、吃音のフレーズを弾く奴なんて
見たことがない。確実に「変態」が入っている(笑)。
スケールはペンタトニック。ブルーノートではない。
しかも三村さんはチョーキングが下手で使わない。
だからニール・ヤングよりもギザギザ感がつよかった。
またも鳥肌が立ってくる。
俯いてギターを弾く彼女からは妖気が漂っていた。
だから最後、歌唱もディランのように「叩きつけ」型に変化した。
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8)「松本秀文『鶴町』より/詩の朗読と即興演奏」。
とうとうハイライトがやってくる。
三村も加わっている連詩のメンバーには
福岡在住の詩人、松本秀文さんがいて、
三村はそれを読んで一気に「お気に入り」になってしまった。
いつもは「阿部嘉昭ファンサイト」収録の
『壊滅的な私とは誰か』から詩の朗読演奏をするのだが、
この日は新機軸、ということ。
オープンDにチューニングを変える。
三村はたぶんその詩集から15箇所程度、
お気に入りのパーツを抜き出して、
PCで転記打ちしたものをプリントアウトしていた。
はじめて譜面台がつかわれる。
僕は松本さんの「少女」の様々な姿が抜かれるとおもっていたら
サブカルな部分、スケベで猥雑な部分、兎と亀など
全体からバランスよく詩を拾っていた。
いつもの朗読とちがうのは、
読みが速射砲のように中身が詰まって連続する点だ。
『マルドロール』のジェラール・フィリップの朗読をおもった。
優に詩集の10頁以上が読まれ、
松本詩特有の多様でディストピア的なイメージが
聴き手の耳から躯へと突き刺さってくる。
三村さんはたとえば原詩の「 」部分など
声音を変えて、全体を演劇的なアプローチにしていた。
松本詩のポリフォニー性、空間の広がりに対する着実な解釈
(ライヴが跳ねてからの飲み屋で森川さんは三村に、
松本詩はポリフォニックにみえて、
実は「ひとつの声」なんだよね、と鋭い薀蓄を語っていた)。
しかもその叩きつけるような絨毯爆撃「朗読」は
その朗読の合間ではなく渦中を
三村さんのオープンDチューニングのリードギターで
複雑に裏打ちされてゆく。
オープンチューニングだから
どこか弦全体の響きにオリエンタルな色彩も揺曳し、
ときにはドローンに近い奏法にもなる。
ドアーズ「ジ・エンド」のイントロを想起すべし。
彼女は実はこのチューニングでのリードギターが天才的に巧い。
詩の一節が終了すると間奏に移り、そこで曲想も変転してゆく。
その色づけに、あだちドラムと真怜ピアノも見事に追随してきて、
時に二人の演奏のほうがさらにアヴァンギャルドに高揚してゆく。
音と言葉の洪水。そこには「煌く厚み」がある。
緊張感漂う「沈鬱」もある。こりゃスゲエ、としかいいようがない。
これは朗読のかたちをとっているが
むろん「言葉による演奏」なのは明らか。
詩人による殆どの朗読は、こうしたアプローチの前には
顔色を失ってしまうだろう。
原詩の本来の音楽性が演奏者の知性によって拡大されている。
それで脳髄を掻き毟られ、しかも恍惚に導かれるのだ。
先のシャウトが祟り、三村の声が嗄れだしているが
それがここでは妖気の点で面白い効果もあげている。
10分以上の演奏だったとおもうが、ひたすら興奮しつづけた。
ステージ上の三村、こうなるともう、めちゃんこ可愛い(笑)。
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8)「いつもそこを出てゆく」
通常のチューニングに戻った。
これも転調が見事なポップ曲。
阿部の歌詞は三村の早稲田卒業を念頭に「卒業」テーマにしたが、
安直なグラジュエーション・ブルーではなく、不敵な感覚を盛った。
尾崎「卒業」をライバル視していたりして(笑)。
ただし曲はキンクスっぽく、ちょっと脚韻も踏んでいる。
ここでとうとう三村さんの声が潰れきって、
高音部がキャンキャン声になり音程も狂いだした。
初めて、「キツイな」という印象が生じてくる。
だからもう一曲の演奏予定をここで彼女は打っ棄ってしまった。
演奏自体はよかった。
冒頭の三村のギターフレーズは
阿部が以前リードギターをサポートした今年の江古田ライヴ、
そのフレージングからの完全なパクリ(笑)。
俺のギターを弾き、俺のフレーズを無断拝借するなど太ぇアマだ。
嘘ぴょーん(笑)。
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ということで、これが今のところ今年の三村のベストライヴだった。
三村は次の二組が登場したのち
フィナーレでもう一回、ステージに上った。
そのときの面子は
抜群の唄い手・ジェシカさん(三村さんとはちがう透明唱法)、
あだち、真怜、三村の面子。
あだちくん作詞作曲「あの日あの夏」
(いい曲だった――歌唱はジェシカを中心に持ちまわりで
三村/ジェシカの唄い方のちがいがすごく面白かった)、
それに何と「ヘイ、ジュード」を合奏した。
「ヘイ、ジュード」での三村のリード・ギターのために
阿部はデュアン・オールマン参加のウィルソン・ピケット版を貸し、
弾き方もコーチしたのだが、
それは可愛く不発した(笑)、と最後に言い添えておこう。
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kozくん、この記事を
ブログ「a wild horse」にコピペしといてください。
2015年02月06日 編集