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中坊の頃に聴いていた音楽 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

中坊の頃に聴いていた音楽のページです。

中坊の頃に聴いていた音楽

 
【中坊の頃に聴いていた音楽】


ひと皿ぶんの音楽が
部屋の中空を舞う
菌糸にちかいものを耳に汲んで
分け入った足は蔦で停まる
いずれを入れ子にして
時間の模様がにじみだすと
盤の実体、声の実体をかんがえる
かなしさが照りあって
この耳とあの耳にいま差異がない
そんなふうに
音楽の地上は形成される
シルヴァーフィドル
いいじゃないか
翅を鳴らす唄声も濡れて
自慰の愉楽には演奏をかさねる
あなたは百音ぶんの音符
かさなったり散ったりもする
ならばビッグバンドが開陳され
一箇月の百皿が眼路にうかぶだろう
蕪はあるものの茸料理の饗宴
バターが照りだして
雪のような菌の麗しさもある
裏門に展かれているのは
陽に透いている東洋か西洋か
いずれも酔う、陽気な菌糸に酔う
うた腹の容器となるだろう
音楽の本体は裸身の衣擦れ
(つまり無い (黄身も。
ふわふわは卵殻のなか




「ユリイカ」の原稿は無事完成し、
「世界は一人の女に集約される」とタイトルした。
固有名詞は、途中まででいうと、
ネルヴァル→プルースト→三角みづ紀→佐藤雄一→
伊藤比呂美→小池昌代→倉田比羽子→川上弘美
とすすんでいった(あ、吉田喜重もあった)。
後も斎藤環、信田さよ子、香山リカなどいろいろ。
最後に大島弓子への讃美で幕をとじた。
メールののち山本編集長には
特集の根幹原稿、力作、と褒められた。

その後、「詩手帖・年鑑」の「展望」執筆モードへと
急いで自分を切り替える。

ここ数日はもう何冊の詩集を読んだかわからない。
薄井灌『干/潟へ』、過激に美的だった。
高塚都市魚『厩』(これは個人詩誌として郵送されている)、
これまた過激に美的だった。
水島英己『楽府』、気概と現実狙撃力に襟を正した。
高貝弘也『子葉声韻』、彼の詩集のなかで
もっとも愛らしいかそけさを感じた。
(とりあえずは単純な感想でごめんなさい)

ふだんの付き合いからだけでない。
思潮社・亀岡さんが僕のリクエストに応じてくれ
大量の未読詩集を送ってくれたほか、
どうも「詩手帖」の次号目次が契機になっているのか
(というのが小池昌代さんの意見)、
一日一冊のペースで、見知らぬ女性詩人からも詩集が届く。
女性はたくましい力をもっている。

ただ最近読んだものはその語調・内容がどれも似ていた。

ひとの詩を読むと、
どこかで自分自身のバランスがほしくなって、
忙しいのについ、上の詩を書いてしまった。
 

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2008年11月07日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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