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今年の女性詩 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

今年の女性詩のページです。

今年の女性詩

 
前の日記で
最近読んだ詩集は相互に似ていると書いたけれども、
日記をアップしてから読んだ女性詩集が
どれも傑作ぞろいだった。

●奥田春美『かめれおんの時間』
女性的感覚の繊細さがひかる。
仏教的な全体把握もある。
修辞の無駄のなさがそのまま改行にも結びついて、
詩篇の閉じ方、その鮮やかさにもうっとりする。

●斎藤恵子『無月となのはな』も
見事に修辞の無駄がなかった。
緊密な組成に向けるべく言葉の厳格な減算がありながら、
なぜこれほど見事にイメージが顕つのだろうとおもう。
詩行にストーリー性もあるのだが、散文傾斜はゼロ。
詩魂が駘蕩かつ凛冽としていて、
短歌の葛原妙子の眷属ではないかとさえおもった。
このひとの詩集は、前のものも読まなくては。

●大御所・中本道代『花と死王』は
自然描写の言葉と観念語が錯綜しながら、
ときたまヴィジョンの恐ろしい爆発がある。
咀嚼しながら読み進んでゆくたびに
そんな経験をしいられて、これまた陶然としてしまう。
詩が若い。僕は中本道代を
新川和江の流れのひととただ考えていたのだけど、
新川的「認識の大輪」のかわりに
硬派な内攻性があって、驚愕感が全然ちがう。



最近の怒涛の詩集読みのなかでは、
ちょと前に読んだ女性詩集にも忘れられないものがあった。

●中島悦子『マッチ売りの偽書』。
アヴァン・ポップ。
断章を散らすような詩の形式に発見がある。
声とリズムとユーモアが抜群で、
このひとの詩は、僕の書きたいものと方向が似ている。

●浜江順子『飛行する沈黙』。
凶暴。資質的に杉本真維子とちかいものも感じるが、
「収縮」にむかう杉本にたいし何かもっと散乱的だ。
言葉の洪水に向かうところを差しとどめる抑制が凶暴ともいえる。
大好きな個性。

●倉田比羽子『種まく人の譬えのある風景』。
一行の息の長さから、
稲川方人『聖-歌章』と対をなすという世評も出るだろうが、
僕はこちらのほうがずっと好き。
遍歴、黙示、母、歴史、祈祷といったあらゆるものが
複雑な長文のなかに渾然と溶け合いながら、
女性詩トータルの転轍が図られてゆく。
重量級。いままであげた詩集とは立脚がちがう。
今年度回顧はこの詩集を中心に
語られなければならないのではないか。



そう、「展望」を書く準備として大量の詩集を読むうち
今年度は女性詩がめざましかった、という
おもいがけない感想がもたげてきたのだった。
ほかに小池昌代『ババ、バサラ、サラバ』、
柴田千晶『セラフィタ氏』、
三角みづ紀『錯覚しなければ』などもあるし。。。

う~ん、詩手帖の「展望」、どう書こうかなあ
 

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2008年11月07日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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