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連句C、第二十二まで ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

連句C、第二十二までのページです。

連句C、第二十二まで

 
しまひまでそぞろ往く日も藁の王   阿部嘉昭



 遥かに見ゆる曲がり路の秋     伊藤浩介



黄金にはなれぬと落つる金木犀    石井洋平



舞を踊りて服に染み付く      内堀亮人



一筋の呻きにも似た周波数      伊藤浩介



ラジオ修理も夏の月下に      阿部嘉昭



目が覚めて周囲見渡す一匹の蝉    内堀亮人



蟻に食まれむ末はわが身よ     石井洋平



半玉の請け先に梅らんまんと     阿部嘉昭



そよかに流る冬の残り香      伊藤浩介



手荷物の息を潜めし風鈴の      石井洋平



夏の懸想に我が身を削る     内堀亮人



月恋し曇天をゆく鐘の哀       伊藤浩介



見えなくなりぬ馬車の背中も    阿部嘉昭



種をまき芽吹く陽気に走り寄り    石井洋平



キャベツおもはす脳の数々     伊藤浩介



たつぷりと花も重たき頭山      内堀亮人



 寄席の帰りを茶漬けで流す     石井洋平



粥腹に力を込めて西瓜剪る      阿部嘉昭



 研がんとすれば砥石に黴よ     内堀亮人



五月雨の露滴りし原始の蒼      伊藤浩介



 田中の線の縦を横に見       阿部嘉昭





立教の「連詩連句演習」、
僕の参加しているC班の連句を初披露します。
スペースがファジーで
字下げ等がガタガタなのはご勘弁を。

修辞のよわい句もあるが、
一応、同季連続数、月の座・花の座など
歌仙の面倒な約束事が遵守されている。

三角みづ紀、三村京子、
望月裕二郎、松岡美希、都野有美などが参加している
A班、B班の連句は
まだ長句短句が「詩」になっていて俳味がなく、
付け筋も多く季節抒情に負っていて、
連句特有の物語性、意趣返しなどの華やぎを欠く。
あるいは付けに連句特有の圧縮感がなく、
平板にきれいに流れてしまっている。
こちらは早く巻を収めて次にゆきたいのだけども
う~ん、授業日数が足りないかなあ。

C班の連句は今朝見直して、
語句重複を僕の責任で若干整理。
内堀第四「路」を「服」に、
伊藤第十六「に似たる」を「おもはす」に代えた。



森川雅美さんとマイミク関係を復活し、
彼の日記をさかのぼって
松下育男さんの「初心者のための詩の書き方」
についての談義をいま見た。
何か参加者の問題設定がぼけていると僕はおもった。

松下さんの詩は相変わらず柔らかでしなやかなのだけど、
彼の最良の詩篇とちがい
たぶん「リズム」がすごく軟弱で、
違和感はそこにしかない。
あの「省略」の凄みもどこに行ったのだろう。

それに、詩としてしめされた詩作作法についても
「逆にもいえること」がたえず封殺されていて、
僕は若干だけども「独善」を感じた。

最初は怖いことを書くなあと驚嘆したけれども、
何か廿楽さんが1から10までの全体を徐々にアップするうち
気持が冷えていったのも確かだ。

こうした啓蒙はいま必要なのだろうか。
「無手勝」の豊穣のほうを僕は睨んでいる。

詩は当然いろいろあっていいのだし、
難解ツッパリ詩もまだ存続してもいいのだけど、
波及力のある詩は何か、とはいつも考える。

修辞が自然な作為によっている、
さらにはリズムが底流を走ることによって、
言葉の個々の吸着に、侵犯というべきものが起こっている
--これらの点がないと、
僕には再読の希求が詩に起こらない。
あこがれているのは詩作者の身体なのだった。

松下「初心者のための詩の書き方」は、
詩が「意味」にちかづきすぎているとおもう。
「調べ」と「非知」が拮抗するための
別の何かが僕にはほしい。

森川さんの日記に書き込んだみなさんにいいたいのだけど
もっとネットにアップされた
身近な詩のほうが擁護されないものだろうか。

松下さんの「初心者のための」が民主的でないのと同様、
書き込まれた意見の数々が民主的でないようにおもう。
森川さんの違和感は本当はそういうところにあるのでは?



これから「詩手帖」の原稿執筆です。
いま書いたことから予感されたかもしれないが
僕の「展望」はほかのひととちがったものになるだろう
 

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2008年11月11日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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