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連詩A、二十三から三十まで ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

連詩A、二十三から三十までのページです。

連詩A、二十三から三十まで

 
立教演習、連詩A班のその後。
僕の第三十篇は、
「いない」の語法で
稲川方人『聖-歌章』のエピグラフ詩を
おもわせるかもしれないが、
海埜今日子さんからいただいた
詩集の語法に負っているつもりです。



【脂のきいろいベーコン】
阿部嘉昭


犬のうずくまる橋は橋ではない
しょんべんの切なる匂いだろう
川端に柳の似合うのは無論だが
わたしも一身にふともも巻いて
ぺんぺん草の世情をたもとう
しかし頭蓋はどこなのだ

ベーコンの燻製臭が好きだから
生にて椅子をこらしめる
椅子を女にして
その悲鳴も四つ足にする
それだけ、それだけの一人獅子舞
きいろ いきろ きいろ

鳥の割れる空は空ではない
あれは六甲颪のえがくpie in the sky
指令:「チキン・パイを負え」
指令:「アリス・イン・パリスを追え」
わめきすぎた。目脂に両目縫われて
あたかも絵空事のブルドッグよだれ
性愛なんざも背後に貼りつく幻影で
きいろ いきろ きいろ





【π】  
伊藤浩介

自分で自分を愛していると
カラダが回転してしまう
円周率3.14...
ぼくの体はπしている

ベーコンの皿が
車軸になったとき
ポテトパイの
匂いを放つだろう
それも
僕のカラダが
πしているからに他ならない

回ることは
途切れない螺旋の時間である
まわれども まわれども
回転の終点は見えない
机上の地平線を
黒点から覗いたとき
初めて気付く収束の悲喜劇である

円周率3.14...
ぼくの体はπしている





【ウロボロス】
望月裕二郎


そして十一月の風は冷たくなって
サブリミナル効果をもたらすために
ウロボロスのイメージを
あらゆるメディアに潜り込ませることが
生業だった弟の趣味として
ギターを鳴らしながら「こっち」を流れると
さっきまで聴いていた曲のスネアドラムがずっと
頭から離れなくて悲しいなあって
云い始めたのは思い出が
その土地に集中しているからであり
この近所でアルバイトを始めた妹の
金勘定が楽しくてしょうがない時代を
「あっち」と言い習わせば
間をおいてやってくるパトカーの
回転灯がちびちびと廻り終えるその先で
昼食を摂るたび
「デニーズへようこそ」なんて
云われたくなかった街角に
スウィーツの香りを運びながら
十一月の風は冷たくなった





【クロス】
都野有美


頭の中で、ウリ坊のすこし滲んだ縞々を
指でなぞってみたらなんだか
ぐるりと股下からおなかに掛かった
その産毛がとまらないのを
追っていくと下からウリ坊の鼻に到ったところで
大熊さん家のイルミネーションがはらりと明滅した
霜降り前の点灯式
年の瀬という名の親イノシシが猛進する
いちょうが申し訳なさそうに
煮えたぎる高揚感の中
を、はらり、と一枚泳いだ
私たちは時間から流れてくるエキスを吸っている
大熊さんが電球のボタンを押して
気の早いジングルベルを流して
子どもがトナカイを飾り付けて
そういった力量をすべりこませた
月日のヘビィローテーションから
塩味をしぼるようになめる瞬間
ウリ坊をなぞるように
生き急いでいる





【革命のまえ】
水野 桂


革命のまえ
三拍子は禁止です
この商店街には
咳きこむ人の音楽
しか許されない
のを知ってか知らずか
私はここに引っ越してきました
素人という風
お隣の人におすそわけしました

巡り巡って
また空白が与えられました
この街に住む人は
ひたすらお辞儀をします
でもわたしときたら
一行埋めるだけで充分で
走る足を止め
親指から絞り出す
空間に広がったのは
目の奥に焼きついた
かつての火傷の痕だけなのです





【近視】
中村ふみ代


刻々と進むは近視
みかんの皮をむいたら
肌が干からびてしまったが
炊飯器も電子レンジも冷蔵庫も
電子音だけで聞き取れるようになった
私は近視
青葉より紅葉は見えづらいのでうっかり
ひかれてしまいました
自転車を引っ張り出して
けがはありませんか
ブーツだから転んではいません
そのうっかりがあと少しずれていたら
と思うとたまらず
自分の指が10本あるか確かめた
10本目をかぞえると
ほっとして
やっぱり目が見えづらかった
なぜなら近視
温かくて見えなくなる
私は近視





【春かもしれない】
三角みづ紀


一ミリの予断もゆるさない
明確な不明確さを
「僕の眼鏡には曇りがない」

あくむをみました
けつえきのささいなしっぱいにより
いもうとがわらって
おかあさんが
かたことで
ありが とうあり がとう

れんこして

僕は父と墓参りに行きます午前
隣人とはわかちあいたくなく
僕は境い目の壁を叩きます午後

しあわせだしあわせだと
言葉のみの家庭
満ちあふれる
おかあさんは何処の国の方ですか

「僕の描く線にはブレがない」

めがさめない





【母線】
大中真慶


てゆうかありがとう
もう全部の指をからめて
壁のなかで待っているよ

でもどのおかあさんですか
おかあさんが満開になってる
いつもいつもいくつもの
あなたのと僕のとみんなのと
(三村さんのおかあさんには会った)

樹のあぶらを煮て茶を回した
ついでに灰汁から煙をつみ
ゆっくりと宇宙をつくる
振りむけ、いない、いない、どこだ
そんな女はいない

まずはリズムからつくる、こっそり
おかあさん座も並べてしまえる
僕だって原子電車かもしれない

でもおかあさんとの恋はやばい
(ていうかやっぱえっちでしょ)
おかあさん、春だよ
石を吸って立ってる





【いない、】
阿部嘉昭


女とはいないものだ
いない秋にいない空にいない
かわりに裸木があって
かわりにある裸木にもいない
道のかたち、枯葉のじゅうたん

いないところに風が吹き
かつてそこに蚊柱があった
とおもうがもう蚊柱もいない
ちいさなうなりもいない
いない蜂がいないひかりに舞って
いない女のおもかげ
なにも吸えない蜜にも
いない女がいない

てゆうかいるいる
意味のいるねす
のんさんすのさんす
いない線がめのまえを
いるようにいて意味のいるねす
いないがやはりいるいるものだ
道のかたち、枯葉のじゅうたん
 

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2008年11月13日 現代詩 トラックバック(0) コメント(2)

ありがとうございます。
いないというのが、とくにそれっぽいかんじで…。
「あの人、顔が似ているよ」といわれ、そうなのかなあと、しげしげとみると、なるほど、なんとなく似ているなあと、こそばゆくなるような、そんな感触が。

2008年11月14日 うみきょん URL 編集

「いない」というのを
形容詞でつけると不思議な感触ですよね。
真似をしてみました。

連詩、まだ技術的に不備のある
学生とやっていてもおもしろいです。

うみきょんさんは連詩の経験おありでしょうか

2008年11月17日 阿部嘉昭 URL 編集












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