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顔写真 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

顔写真のページです。

顔写真

 
こないだ、三省堂から出る詩の本、
その原稿校正をやっていた。
それで校了なのだけど、
原稿末尾には長めのプロフィール欄があって、
そこに僕の写真が高い精度ではめ込まれてあった。

この写真について書く。

この写真は立教の研究室で
三村京子に撮ってもらったもの。
顔写真がほしいという担当者のリクエストにたいし
満足のゆく顔写真をもっていない僕は
そうして急場をしのいだのだった。
したがってバックは本棚で、
しかもマンガ本が所狭しと並んでいる。
実はピンはその後ろの本棚のほうにあって
僕の顔は少しぼけている。

チラシや原稿などで写真をもとめられることが
最近はかなり多い。
顔写真=著者アイデンティティ、
という風潮が定着しつつあるのだ。

「ユリイカ」原稿のために読んだ
香山リカの講談社現代新書などは
天地半分以上のオビに
大々的にTVでお馴染みの彼女の写真が
刷り込まれているし、
小池昌代さんの著書が売れたのも
例の美人顔が本のどこかに刷られていたこと、
これが大きいのではないか。

「詩手帖」末尾、思潮社の刊行詩集案内でも
なぜ顔写真を入れるのが慣行なのか
とんと理由が判断できないが、
ずんぐりと異貌ぶりが窺える廿楽順治の写真があったり、
少年のように気弱そうな森川雅美の写真があったり、
うつりが悪いなあ、とおもえる杉本真維子の写真があったり、で、
それぞれの刊行案内欄を実は愉しんでいる。
しかしやさぐれ色男で名高い小川三郎は、
写真を載せない英断で突っ切った。

現代俳人の高原耕治などは
もっと顔写真が流布すればいいのに、とおもう。
日本人にしてビン=ラディンに似ている珍しい類型なのだ。

著者に顔写真必要なし、
パリの五月革命で例外的に街頭の存在になっても
写真撮影をマスコミに禁じ、
終始「無名」の書き手であろうとしたブランショの故事は
いま遵守しようとすると膨大な労力を要する。
僕もブランショに倣おうとする気概を往年はもっていたが
もうどうでもよくなってしまった。

さて。
僕は写真うつりが、
杉本真維子のことをいえないほど、悪い(笑)。
自分の意識では、撮られたどの写真も
「自分に似ていない」と絶望してしまう。
そのうえでルックスがイケてないのだから、
写真掲載の申し出には気乗りせずに応じてきた。
最近は顔写真データをメールして、といわれることも多く、
女房が旅行先、ケータイで撮った僕の写真を
面倒だなあ、というように相手にしぶしぶ送る体たらくだった。

写真が当人に似る/似ない、というのは
ロラン・バルトが『明るい部屋』で
自分の母にたいして提起した問題だった。
母の死ののちバルトはその写真を整理していて、
結局どの写真も自分の母に似ていない
--自分の記憶の芯を刺激しない、と哀しむ。

で、例の有名なくだりがくる。
母がまだ自分を産む前の娘時代、温室で撮った写真、
しかもピントのぼけたそのたった一枚の写真だけが
いかなる逆説か、母の面影を完全に写していると
彼は驚嘆したのだった。
そこで浄化が訪れる。

バルトのこの感慨はわかる。
ある種の類型は、「実影」だけでは当人に似ないのだった。
「潜勢」をしめされてこそ、
当人だとおもえる写真があるということだろうが、
そういう者はたぶん「暗いひと」なのだろう。
僕の判断ではそうなる。
僕もたぶんこの人種に属しているはずだ。
杉本真維子なんかもそうなんじゃないか。

この『明るい部屋』のクライマックスのくだりは
今回、写真を撮ってくれた三村京子も知っている。
で、彼女がケータイで撮る僕の写真が
僕自身に似るためにはどうしたらいいか、
それを彼女は研究室で得々と喋りはじめたのだった。

一、肖像写真的なものを撮られるとき、
先生はまっすぐ前を見て、顎を引いてください、
とよくいわれるでしょうが、
先生の通常の水平視線は顎が若干あがっていて、
だから顎を引いてまっすぐ前を見ると
眼が三白眼になり、
人相が悪くなるはずです
〈よく見ているなあ〉

一、しかも先生が先生の顔に「なる」のは、
先生が喋り始めたときです。
ですから、これから撮る写真では何かを喋ってください。

なのでそのときは
向かいにある小池昌代さんの書棚にある本、
その書名を延々読みあげつづけ、
その刻々を三村さんはケータイの連続シャッターで
撮っていったのだった。

そうして撮れた写真をケータイ液晶画面で確認する。
たしかにそれは、画素の低さのなかで「僕に似ていた」。

こんな脱肖像写真的なものを
三省堂の担当者には送ったのだった。
ピンも甘いし、大使いできないものだし
「別の写真を」といわれるだろうと覚悟していたら
写真はあっさりと使われていた。
その担当者さんも、「あ、阿部が映っている」と
おもってくれたのだろう。

そういえば昔、『AV原論』を出したとき
著者インタビューが朝日新聞の書評欄に載って、
このときの僕の写真はインタビュアーの
その朝日新聞記者が撮った。

福間恵子さん〈福間健二の奥さん〉がその写真を話題にして
「見た見た、ビビって笑った」といっていたことがあった。

その写真は僕が熱弁をふるっている渦中の一コマという感じで
手が顔の前にヘンな指のかたちで突き出され、
なおかつ発声中の僕の口先が尖っていて、
しかも「天才的に」髪が渦巻いていた。
物書きというよりコンダクターに似ている。
恵子さんいわく、「阿部ちゃんにそっくりだった」。
女房もいっていた。「あんた、怪物っぽい」。

今回三村さんの撮った写真は、
ゲラを通して女房も見た。
写真がヘン、だという。
いかにも喋っている途中、というその写真には
僕と「そっくりの」鋭気や皮肉がたしかにありながら、
顔が大きい割りに肩幅が狭く、
何かが畸形めいていて、
それが「僕に似ている」というのが女房の言だった。
「三村さん、あんたらしい瞬間をよく掴んでいる」。

そう、その三村さんの写真は
今度はバルト『明るい部屋』中の
「プンクトゥム」の問題に突き刺さっていたのだった。

自分が一体ナンなのか、という自問は
この写真の一件で、さらに深度がました。

ついでのように女房はいう。
いずれ、名のある写真家に写真を撮ってもらって、
それで寺山修司のように
マスコミ配布用の定番写真を確保しなさい、と。

僕の今期の立教演習には
僕の大好きな魚返一真さんのお嬢さんがいて、
その魚返パパに撮ってもらいたいなあ、
とはおもっているのだけど。



近況はたいしたことない。

昨日試写で観た上映四時間の園子温の新作『愛のむきだし』が
もう圧倒的で圧倒的で。
キネ旬に長稿を書きたい、とメールしたが、
通らなかったら
いつもどおり図書新聞にアプローチ、かな。

古谷実『ヒメアノ~ル』のコミック刊行が開始。
第一巻、すげえ面白い。
『わにとかげぎす』で生じた不振の影も
これで完全に払われた、とおもう。続巻に期待。
 

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2008年11月19日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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