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小説の要件 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

小説の要件のページです。

小説の要件

 
昨日は休日振替授業だったが
どの授業も学生のほうが
この日が休みどころとばかりに休んで、
いつもの半分の出席だった。
なんでもこういう日はもともと他授業に休講が多く、
登校効果も低いので、休みを決め込む者が多いとか。
しかも学校から命じられている休日振替授業を休講にしても
教員はまったく補講をやらないらしい。
なんだ、それなら僕も昨日はすべて休講にすればよかった。

ただしそういう日にせっかく出席してくれた学生には
むろん出血サーヴィスをおこなう。
で、昨日の四限、「卒論準備演習」では
小説の要件(どういう条件があれば
書かれた文が小説になるか)を学生と一緒に考えた。

第一群の条件とは以下になる。
・物語
・キャラクター
・心情(作中人物から読者への転移)
・描写
・文体(一貫性が予定される)

ただし僕はそうしめしておいて
第二群の条件がありうる、と語った。
以下のようになる。

a自己組織化(第一行から書かれ、最終行で終わる、
そういうセルフパッケージ性に全体があることを
驚愕感と納得感で読者に承認させる)

b自己法則化(特異な設定でも
それを作品内の文の加算だけで刻々読者に承認させること)

c可変性(キャラクターによって文体が変化することなど。
上記abから必然的にもたらされる付帯要素)

dメタメッセージ(作者の事情という上位次元が読まれる点に
作者側が批評的な先手を打つ--
その結果として「これは小説である」という
メタメッセージも産出される)

たとえば川端康成『片腕』は
第一群の条件によって小説たることは危ういが、
第二群の条件によっては先鋭な小説となっている。
こういう作品を幻想小説という括りに単に置くのは
たぶん読みの退行で、
現代小説の可能性もまた
こういう分野からとくに測られなければならない
(そうすると、ライトノベルでさえ
正当な対象の範疇に置くことができる)。

むろん第二群の条件は、
ジャンル横断をできる拡張性をももっている。
「dメタメッセージ」中「これは小説である」の
「小説」部分には
「詩」「エッセイ」「戯曲」「短歌俳句」など
数多くのものまで代入できる、ということだ。
結局そうして小説の自明性が壊れてゆくことになり、
小説とは常に
書くことで創出(更新)されるジャンルだという点が明白になる
(むろんそれは詩やエッセイなどでも同じだ)。

さて卒制審査では、第一群の条件に照らして、
その進捗が管理されてゆくだろう。
ただし審査対象者は第二群の条件をあらかじめ提示、
理論武装して審査員に迫るべきではないか。
そういう実利的な戦略の方法論が
就職氷河期の再到来にどう対処するかとともに
授業では話された。

まあ雑談形式だったが、
一回で三回分の濃さをもつ授業だった
(たとえば第一群の条件中、
物語の万全ではないことについては
東浩紀の「データベース消費」などから立証してみせたし、
第二群の条件の提示では
受講者が驚くよう終始、意表をつく話し方をした)。
出席しなかった者が損をするよう
意図的に高度な内容をフレンドリーに語ったわけだった
 

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2008年11月25日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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