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斬花十句 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

斬花十句のページです。

斬花十句

 
澎湃と海の満ちきて花斬らる



逆さ世は仏の座にも靄の乗る



てつさ剥ぐ底より生るる天の悔



汝なくて麻のひかりを引寄せる



白魚も都市魚も消えて草の鍋



アッシジに頭(づ)を置き忘れトルソわれ



松籟や天上縊死の二つ三つ



渤海や鬱勃死没墨刑者



詩を置きて翅の拠点を離れゆく



哀号に李氏朝鮮が雪もよひ



【※その後のセルフ書き込み】


近況報告:

●火曜日
三村京子邸で新アルバムに向けた
彼女のギターフレーズの詰め。
僕がどんどん見本を弾いてみせた。
エフェクターを介してエレキを弾きまくると
ギターがうまくなってゆく。
僕はとくにフレーズの線型をつくることと
フレーズによる曲のジャンル付与が得手。
一日3時間この状態で練習を積めば
半年後にはいっぱしの
ロックギタリストになっている気もするが
いかんせん時間がない。

三村京子のアルバム制作は、
サンプル音源を重ねてつくってゆくことで
彼女自身のモチベーションと体力を高めるというのが
やりかたとして固まりつつある。
大中くん、参入すればよかったのに。
いちばんクリエイティヴな瞬間だった。

ともあれロックアレンジの方向性が定まって
あとは慰労気分、中華街で彼女と食事。
こぶりの地味な店に入る(これがコツ)。
紹興酒を一本あけつつ、
蒸し鶏冷製、牛肉かけご飯、卵の帆立の炒め、
海老わんたんスープで腹が一杯になった。
やさしい味の、いい店。

●水曜日
朝は爆睡。月曜からの疲労が続いていた。
この水曜は午後一から立教で会議があり、
まとまった仕事もできなかった。
帰途、池袋ジュンクで本の大量買い。
思想がヤワになっている気が最近してて
現代思想系を中心に。

そこでふと岡井隆の今年夏に出た新歌集を見つける。
書肆山田刊。迂闊にも刊行を知らなかった。
現在、ミクシィではkeff!さんの書き込み欄を舞台に
塚本邦雄にかんする濃い談義を続けていて、
そこには岡井隆の話題も必然的に入ってくる。
そのさい、岡井新歌集に触れなかったのは
ヌルいといわれてもしょうがないなあ

●本日木曜未明
立教での連詩連句演習のうち
それぞれの班の連句が大詰め。
誰も宗匠のいない状態で運んでいて、
季題の配分がそれで甘い。
望月裕二郎君にメーリスで指摘され、
慌てて正しい配分にするため
メーリスで改作案をしめす羽目に。
結構、考えた。

連句は捌きが難しい。
季題配分が捌きの大方の役割と
以前、解酲子さんがしるしていたのを
痛感のうちに憶いだす。

その解酲子さん、
さらに蕃さんという目上の才能とともに
歌仙を「なにぬねの?」では巻き始めた。
演習の危なっかしい連句とは
もう緊張のレベルがちがうけど、
こうした緊張をかわすのがコツ。
これはもう初折裏に突入して、
丁々発止の華々しい応酬となっている。
やっぱり解酲子さんの捌きの力量、抜群だ。

学校でも連句、SNSでも連句となると
その他では句想も痩せそうなものだが、
却って俳句の作成意欲がますのがヘン。
連句と俳句を僕は別物と考えているけれど
即吟をやっていると
自らへの即吟が俳句連打となって跳ね返る。
それで本日も十句をアップ。

句作は快調なのだが、
ここのところ句風が鬱めいているのが
われながら気にはなる。
冬を目前に
赤尾兜子を再読したがっているのかもしれない。

まだ俳句に触れたい気分だ。
なので来週〆切だが
「未定」の句会選評もこれから書いてしまおう。

本当は東京新聞の書評のため
榎本了壱の自叙伝を読み進めなければならないのだが
大部でかつ大好きな人の自伝なので、
読書がなかなか遅々として進まない。

あ、この本、僕のブログ本と同じく、
晶文社、倉田さんの編集です。
『東京モンスターランド』。
装丁はとうぜん榎本さん自身。
つまりここでは小田島くんの出番がなかった
 
 

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2008年11月27日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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