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卒煙証書をいただきました ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

卒煙証書をいただきましたのページです。

卒煙証書をいただきました

 
昨日が12週間にわたる禁煙治療の、
最後の外来通院だった。
結局、禁煙期間中、僕は「ほぼ」喫煙行動をとらず、
無事、卒園ならぬ「卒煙」と相成ったのだった。
主治医の先生、カウンセラーのお姉さん、
受付のお姉さんからそれぞれ別れ際に
「おめでとうございます」といわれ、
嬉しいやら、こそばいやらだった。

振り返ると禁煙動機は明確にあった。
つまり喫煙間隔が執筆時のチェーンスモーキングにより
いよいよ短くなり
それで「一時間半」が煙草なしでもたなくなった
--この不自由がまず大きかった。

これでは外で映画も観られないし、
一時間半がひとコマの講義でも
その終盤が「上の空」となって支障を来たす。
つまり「健康になりたい」
「お金がもったいない」などというような抽象的動機ではなく
仕事にかかわる具体的な動機から
僕の禁煙治療への意志が生じたのだった。
この点が良かったとはカウンセラーもいう。

上のことに、時間の無駄の回避がからんでくる。
たとえば女房と買い物をしているとする。
地下鉄で移動、最寄り駅の改札を出ると
地下通路がそのままデパート入り口につながっている。
ところが下車=喫煙契機、と僕の場合はなり、
「一旦地上に出て煙草を吸わせてくれえ」と
女房に嘆願することになる。

しかも現在なら、人通りのなかどこかの角で
これ見よがしに携帯灰皿を手許に構え、
申し訳なさそうに喫煙をする。
それでもそこが禁煙空間だと注意される場合があって、
一緒の女房はトラブルに巻き込まれまいと
離れていたり
デパートの○○コーナーにいる、と言い置くことが多かった。
こういう時間のロスがすべて消えた。

講義のあと耐えられなくなって間近の喫煙所で煙草を吸うと
同じ教室から出てきた喫煙学生に
質問その他でつかまる。
それやこれやで研究室と次の教室への移動が遅れる。
結果、次の授業開始が10分遅れ程度となることが去年は多く、
これも鐘が鳴ったら即授業、という自分の信念に反していた。

学校、といえば、いまは池袋駅から立教までが早い。
駅を下りて歩行喫煙をする必要がなくなって地上に出ず
エチカ完成で話題になった立教への至近距離の地下道を
そのまま行くことができる。
それで信号待ちのロスがなくなり学校到着時間が短縮された。

つまり一事が万事、時間ロスが禁煙により、なくなったのだった。
これは日常生活においてすごく大きい。
僕にとっては煙草につかうおカネへの気遣いがなくなった点よりも
大きいのかもしれない。

とまあ、不自由(実際、喫煙可能場所はどんどん減る)と
行動の無駄の回避、この二点を動機に禁煙に踏み切った僕は
禁煙欲求が理想的に具体的だという太鼓判を押されていた。
これに加うるに、職業柄、僕は
禁煙渦中の自分の変化、それに伴う煙草観の変貌などを
分析的に言語化もできる。
こういう自覚的な禁煙治療者は珍しい、ともいわれた。

僕自身は、煙草文化というのは確実にあったとおもう。
それは飲み屋~カフェを舞台、
ホモソーシャルで知的な団結性のなかで
アルコールと仲の良い、紋章的な交流道具としてまずあった。
それぞれの好きな煙草の銘柄はそのひとの人格を現した。

次の煙草文化の発生地は遊郭人や職人のいる場所だっただろう。
彼らは「一服」と称し、ただ流れがちな時間に
思考の真空地帯を設け、時間変化に明瞭な分節を設けた。
それは彼らの生の、慎ましい荘厳だった。

そして最後に最終的にはヤクザ社会につながる不良性空間への、
最初の通行手形としての煙草がある。
不良ぽい俳優○○に憧れて煙草を吸った、という男子は
僕の世代ではじつはすごく多かった。

僕の場合は、『傷天』タイトル画像部分のショーケンだった。
それで喫煙の最初のころ、別に煙が眼にしみたわけでもないのに
喫煙行動と眉間の「しかめ」がセットになっていた。
随分と滑稽な中学生だったとおもう。

その後、煙草を吸う仕種への参照は、
僕の場合、原田芳雄、ディラン、ゴダールというふうに
その理想モデルを変えていった。

そういう自覚があるので、他人の吸う仕種にも
指が煙草をどうつまむか、唇のどこで煙草を咥えるか、
煙はどう吐き出すか、
さらには外で煙草に点火するとき
そのひとの背中がどう猫背になるかなどで
実は明瞭な好き嫌いポイントがあったりする。

あ、そうだった、僕にとって往年の喫煙者は
「ツッパリ類型」ではなく、「猫背類型」だったといえる。
猫背のひとには含羞をはじめそれ特有の生き方が確かにあった。
そういう「価値」がすべて顧みられなくなり、
喫煙者=KY、という図式(擬制)が成立して
一挙に喫煙維持のための抵抗運動が瓦解に帰した。
猫背類型にはもう懐かしさの価値すらない
(『あしたのジョー』の矢吹丈はその登場時、
すごく猫背にえがかれていた)。

僕の喫煙時代、女房が最も嫌がっていたのが
飲食施設、喫煙が許されている空間で
僕が食後の煙草を吸い、
空調の加減からかその煙が偶然、隣席へと流れて
「禁煙おばさん」などが「殺す」というような烈しい敵意の視線で
煙草を吸っている僕を睨みつけることだった。
というか、女房などは僕が煙草をテーブルに置いただけで
たとえば不穏な気配を隣席から感じて
「煙草、やめといたほうがいい」と事前に注意したりした。

あるいはこんなこと。
JRや私鉄が企画したウォーキングイベントに女房と行く。
あるとき山頂にようやく辿りつく。
努力の達成ののち、そのように眺望の開けるところは
昔から「喫煙ポイント」という文化的約束になっていて
いまでも灰皿を設置している場合が多い。
で、「昔のひと」は許されている、とばかりに
弾んだ息を静める目的もあって喫煙を開始する。
目を細め、眼下の光景を見回す。風も心地よい。

ところがそれを「本当の驚愕」をもって見つめる
おおかたは中年の、女性ウォーキング参加者がいるものだ。
別に副流煙が自分にたなびく、
という非難をしているわけではない。

彼女の頭のなかはむしろこんな考えが渦巻いているはず。
「折角、都会から離れ、肺の洗濯のために
みんなウォーキングに参加しているはずなのに、
あのひとはどうして、自らの行為により
自分の肺を汚染にまかせているのだろう。信じられない」。

つまりそういうひとたちにとっては
自分とは別の類型がいて別の価値観があることが信じられないし、
その異類性にたいしては徹底的な「不寛容」で臨むということだ。
その根底にあるのが「理解拒否」で、
じつはこれが禁煙ファシズムの中心にある精神性なのだった。
この精神性が蔓延して、対人コミュニケーションに変化が起こり、
現在「説得」がますます不可能事になりつつある。
ならば「理解不能なもの」は隔離してしまえばいい。
そうしてまずは喫煙可能場所がゲットー化されてもいった。

こういう類型と予想される軋轢可能性は
実は僕自身の禁煙治療開始でも大きな命題となっていた。

つい最近も僕は自分のあまり精しくない音楽アーティストにつき
自分なりの具体的論拠の提示をもって否定的意見を書いた。
すると明らかに性格異常の人間が書きこみ欄に介入してきて、
彼は揚げ足とり以外にも僕の学生との分断工作に躍起で
しまいに「僕(阿部)のライター生命に死刑宣告することが目的」という
意気軒昂な「問わず語り」まではじめてしまう。

彼の自分勝手な論拠には逐一反論が可能だった。
第一、そのアーティストについての知識なら彼はもっているだろうが、
音楽全般の知識は僕のほうがたぶん上だろう。
音楽全般のなかでのそのアーティストの位置、
がもともと論争点の中心になっていて、
たとえば僕が自分の意見の補強のため
別のアーティストの音楽に具体的に言及しても
たぶん相手は、目くらまし・迷彩のために
別の固有名詞を僕が列挙していると口を尖らせるだろう。

勝ちたいとおもっている彼のもつ「ヒステリー」。
説得したいとおもっている僕は
コミュニケーション可能性のほうに立脚している。
そうした対峙項目では禁煙ファシズムと同じように
実際には理解点・妥協点が形成されないというのが「現在」なのだ。

喫煙行動擁護も論脈的には同じだ。
だから「説得可能性」という点で実はすごく現在的問題でもあるのだが、
説得を敢行するツッパリをいまの僕はおおむねしない。
そう、「めんどくさい」からだ。

たとえば外部ブログの書き込み欄で下手にその相手に反論しようものなら
同様の者の参入をつぎつぎ招き、
自分のブログだって炎上しかねない。

非喫煙者が喫煙者にたいし想像力をもたないこと。
批判者はいつだって「自己確立」のためのみ相手の批判をして
実際は批判対象にたいしては想像力すらもっていない。
たとえば俎上にのったアーティストの音楽は
具体性の欠如を病み始めたと
僕はいくつかの例証ポイントをもって考察した。
ところがヒステリー類型はかならず
論理機制に「鏡面反射」をつかう。
「具体性のないのはお前の偉そうな意見のほうだ」。

僕の学生たちがじつはびっくりしていた。
僕の音楽評論は音・歌詞・文脈吟味そのすべての面で
たぶん最も「具体的」なものだという信頼を彼らはもつ。
だからミュージシャン志望者ともつながりができる

ところがその相手は僕の音楽評論自体をまったく知らず、
ただ当該のブログ日記のみを対象に
時には僕の学生の名まで騙って
ヒステリックな罵倒を繰り広げようとしているのだ。
フェアネスのために「関係の対称性」を築くという倫理的努力を
そういう類型はまったくしようともしない。
だから対話はどうにもならず、必然的に流産する。

こうした類型にたいし今後の「全体」の変革のため
どういう「介入」がありうるか--
この計測が現在的行動学の中心をなす要請があるだろう。
たとえば禁煙ファシズムに対抗するためには
喫煙者の立場に以前はあって喫煙者への想像力をもつものが
今度は禁煙者の場所に立って、
調停なり何なりの考察を繰り広げるべきなのだ。

そして驚くべきことに気づく。
一旦、禁煙者の場所に立ってみると
「分煙」をモットーに実際は喫煙場所のゲットー化・非美学化が
驚くべき勢いで進んでいったのだった。
この点を僕は「禁煙日記」で何度も指摘した。
ネオリベ的空間支配の本質に、僕はそうして触れた。
感想をいうなら素朴にもなるが、
喫煙習慣はネオリベ風土の台頭によってこそ駆逐されつつあって
それは歴史的な必然性をももつ勝敗決定だったということだ。

この「排除風土」はネットテロと同時に許容されるものでは
むろん絶対にない。ないけれども、
対抗手段は旧左翼的な「人権自由確保」機制ではもうありえない。
こういう確認をした点でも僕の禁煙経験は大きかった。
まずは「一旦降りること」。
ある日記がヘンなひとたちの好餌となる雲行きならば
単純にその日記を消してしまえばよいのだ。
無駄な肩の力こそが思考進展を阻害する。

ところで自分の身体を最大の素材にした禁煙推移観察で
僕が極度に自覚的にならざるをえなかったのには理由があった。
ひとつは喫煙のもつ自己再帰性を禁煙にずらしたからだ。
しかしそれ以前、
僕は自分の性格が象徴的な意味合いではなく「具体的に」、
喫煙行動・習慣によってものすごく大きな割合を形成されている
--そう考えてもいたのだった。

となると禁煙の成就は、自分の性格の減少・部分喪失を結果する。
これによってメランコリー傾斜が起こらないだろうか--
他人の忠告に根拠をもつこの「心配」によって
僕は禁煙を進める自分の心身にとりわけ注意ぶかくならざるをえなかった。

これは結論からいってしまおう。
たしかに喫煙習慣は自分の性格の一部だった。
「猫背」「悪ぶり」「煙に巻く」--
こうしたことどもに加え、
実質は「喫煙による眠気の回避」など
「生真面目さ」の維持にかんしても喫煙が効果をもっていた。

僕自身がモデル的に空間想像したところでは
ベン図的同心円の中心部分を喫煙習慣が占めていて
しかもその内在円の面積がすごく大きい、と。
ところが実際に禁煙が定着してみてわかる。
喫煙は実際は「性格円」中の小さな斑点程度にすぎなかったと。

判明は事実提示的なレベルに集中した。
もともとはこんな「不安」だった。
たとえばチェーンスモーキングができないと
執筆に支障が出る。
たとえ書けたとしても執筆の内容に不可逆的な変化を蒙る。
ところが実際は、禁煙が常態となっても
書きかたにも内容にも、変化は何も生じなかった。

僕が考えたのは次のことだ。
人間は前夜寝て、翌朝起きても、
その者が同じ人間であること、つまり連続性が保証されている。
これが存在の形式の基本なのだ。
だから煙草を吸っていたものがやめても
その人間は同じ者として「ちゃんと」連続する。
そう、実に単純な事実判明だった。

このように禁煙体験を一種「哲学する」僕は
禁煙外来にとって理想的存在だったとおもう。
カウンセラーは外来時ごとに僕に「実感」と
それを裏打ちする「解釈」を僕に訊ねる。
僕ひとりによって相当な禁煙心理サンプルを
病院は得たのではないかともおもう。

とくに喫煙習慣を哲学的に無意味化し、
その論理機制を現・喫煙者に波及させうる点で
すごく貴重な存在、と僕は太鼓判を捺された。
「禁煙体験講演をやってみては」
「ご依頼があれば協力しますよ」とは
実は外来治療が最後に近づいて
毎回交されていたやりとりだった。

ところが禁煙体験の最後の総括にあたるべきだった昨日、
僕はカウンセラーに「爆弾」も落とした。

実は今年のGWウィーク最後の五月六日、
僕は詩作者の廿楽順治、小川三郎、
そして編集者の亀岡大助と浅草で
昼間から夜までずっと飲んだのだが、
うち小川さんが喫煙者だった。
実は喫煙者の同席する酒が久しぶりだった。
そのとき僕は小川さんの「キャスター5」を
記憶では五本程度、「貰い煙草」してしまったのだった。

その事実を聞かされ
カウンセラーのお姉さんの顔が蒼ざめるのがわかった。
最も万全な禁煙移行者とみなされていた僕が
あずかり知らぬところで地雷を踏んだ、と判断されたのだった。

僕は現在、たとえば自分のいる飲み屋空間の密閉性が高く、
そこに副流煙がたゆたって煙草の匂いがぶんぷんしても
たぶん喫煙衝動が生じないという自覚がある。

ところがアルコールが入って自制心が弱まっているなかで
「親しい者」が酒席の眼前にいて、それが喫煙動作をすると
「貰い煙草が容易」という条件がいよいよ意識され
ついに「仕種の反射をするように」
その同席者の煙草を吸ってしまうようだった。
このように、かなり「条件」が集中して生じる
喫煙イメージ、喫煙衝動はたしかにまだあった。

カウンセラーは「なんという危険を」という。
僕はどういうか、ヘラヘラして自己分析をする。
まず喫煙の「仕種の反射・模倣」は
犬や猿でもそうだが、対象への愛着として起こる。

しかもこの場合の愛着は実は文化論的だ。
「最後の人種として煙草を吸っている相手」への揶揄・愛着。
同時に同じ体験をしつつも影響が深甚になる手前で
それをかわしてみせる、自分の道化的身軽さ。
これを誇示してみせることで(つまり驚愕と発奮をあたえることで)
相手の禁煙を暗にうながそうとする隠れた訓育精神。
つまり僕の貰い煙草は相手への愛着・悪戯・教育が
複雑にない交ぜになったものとしてあるらしい。

とうぜん僕は薄氷を踏んでいる。
このとき危険回避に導いているのが姑息にも相手の銘柄判断なのだ。
「キャスター1」ならずとも「キャスター5」は
ひと吸いしてみて判別するが、僕にとって煙草ではない
(これは僕の喫煙者時代の判断基準だ)。

そう、味がしない。脳にニコチンが受容される感覚がない。
煙草の味には、煙の、舌や口咥内への刺激も組み込まれていて、
このような刺激要素が嗜好要素へと変化する。
それがないような現在の低ニコチン煙草は
煙草としては「無」であって、
喫煙行動再燃の契機にならない、という判断だった。
僕は自分の煙草にたいする感覚に自信があり、
これは禁煙が常態となっても保たれている、という自覚もあった。

以前の禁煙日記に書いたように
同席の廿楽さんはサウナ外泊のとき
枕元に置かれた一式の煙草・ライターについ手を出して
折角の禁煙継続を一変に瓦解させたしまった悲劇体験の持ち主。
廿楽さんは必死に「吸わないほうがいい」をその場で連呼していた。
ただ僕の挑発性がそれにまさってしまった。

それに「煙草は愛の道具」とすることから
たぶん僕の喫煙文化論が起動していて
この程度のところで「日和る」と「恰好悪い」のだった
(って、中学の頃の「不良気質」丸出しだ-笑)。

報告するとその日たしかに僕は小川さんの煙草を吸ったが
帰り道、どこかのコンビニで煙草を買いたいという衝動は
一切起きなかった。

この一回だけの掟破りは
すぐにカウンセラーさんから主治医に伝えられる。
主治医は一挙に適確な指摘をもって僕の慢心を打ち砕いた。

「そのとき阿部さんは禁煙治療薬チャンピックスを
継続的に服用していたでしょう。
だからその貰い煙草のニコチンはチャンピックスによって遮断され、
実際は脳に受容されなかったんです。
阿部さんはその事実を忘れている。
これからチャンピックスの服用は終わりますが、
もし服用なしでそうした貰い煙草をすると
脳は一挙にニコチンを受容し、
いっぺんで禁煙の努力が瓦解しますよ」。

ホントにゾッとした。
つまり僕の「貰い煙草をしてみせる」いきがりは
チャンピックスの庇護あってのことだった。
自分の禁煙がそんな遊び(チキンゲーム)で
「決壊」してしまうのはありえない。
努力と体験が無駄になることが
端的に「勿体ない」のだ。

しかしこの危険接近の逸話があってよかったとおもう。
慢心に冷や水を浴びせられ、
緊張感をもって禁煙外来を終了することができたからだ。
失敗なしの純粋性のままでは
いつ何時「ポキリと折れるかもわからない」。

ということで冒頭に戻る。
虎ノ門アイ・クリニックのみなさんには口々に「おめでとう」をいわれた。
最近、「おめでとう」をいわれていなかったので妙に心に響く。

そのまえに院長(主治医)の小林先生から「卒煙証書」をいただく。
実際に卒園証書のデザインを模していて、もうその発想が可愛い(笑)。
最後にその文言を転記打ちして今回の日記を終えよう。



卒煙証書

阿部嘉昭殿

あなたは平成21年2月24日から開始された
禁煙治療プログラムにより
見事にニコチン依存症を
克服したことを証明いたします

平成21年5月19日
耳鼻咽喉科虎ノ門アイ・クリニック
院長 小林健彦



さあ次はダイエットだ、
 

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2009年05月20日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

こんにちは、ようこです

大学の講義とか難しそうな仕事してるんですね。
タバコはほんとにやめてよかったですね
健康にも問題あるし、
周りに迷惑かけるので
たばこ吸う人が一人でも減ってよかったと思いました。
たばこにかかわる時間も削減できてよかったですね
また来ます

2009年06月08日 よう子(ダイエットに挑戦しています) URL 編集












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