新コメント欄集成
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他人のコメント欄に書いた自分の文章をペーストする、
お馴染み「省力日記」シリーズの第三弾です。
なんと、これもたった一日分のコメント。
今回のテーマは、「定住vsノマド」です(果たしてわかるかな?)。
ま、僕の複数性を覗いてくれるだけでもいいです。
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近況報告。
・現在、池袋シネマロサで大ヒット上映されている
『童貞。をプロデュース』1&2の評は、
今度の土曜店頭の「図書新聞」に載ります。
・昨日は太田出版「d/SIGN」(特集「写真と都市生活」)用に
1600字コラムをずっと書いていました。
計10本中の6本が仕上がった。
mixiに関わるひとでは
廿楽順治さんや「エビちゃん」のお名前を
期せずして出してしまいました。
ご了承ねがいます。
今日はその仕事の続きです。
・サイト管理人・大月美治さんの病気が
快癒に向かいだしたのが嬉しい。
「阿部嘉昭ファンサイト」は後期講義が軌道に乗り始めたころ
別の管理人に手伝ってもらい
復活させるつもりです。
しばらくお待ちください。
学生マイミクのみなさんへ:
近々、レポートのサイト転載依頼メールをうちますのでよろしく
では、本番−−
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【みよちんの日記「いつも同じ場所にいる人」へのコメント】
いい文章だなあ。
かつての連詩にあった着眼が延長されてもいる。
「いつも同じ場所にいる」というのは
たぶん、それが端的な「人間」の証となるからではないか。
切ないことだけど。
反面、ノマドで生きてゆくことはすごく苛烈なことだ。
ともあれ、「いつも同じ場所にいる」ことで
ホームレスがホームレス狩りのガキがいう「ゴミ」ではなく
ちゃんとした人間だということがわかってくる。
ただ、その無名性から漏れてくる体温を、どう捉えるべきなのか。
「他者論」はそこから起動するとおもいます。
『ヨコハマメリー』は、写真が物をいうドキュでした。
その点、ちょっと映画が映画として「運動」していない。
大好きな作品だったけどもね
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【森川雅美さんの日記「ネットカフェ難民」へのコメント】
吉田一穂という先人がいるではないですか。
あのひとは貧乏に清潔な芯を貫いた。
詩人の三大貧乏って
一穂先生に加え、高橋新吉、山之口獏でしたっけ?
いまは詩人に学者が多くなった。
そのうち、評論家のすべても学者になるでしょう。
原稿生活の不能が、こういう事態をもたらしています
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(改行屋さんへ)
ネットカフェなんてつまらないですよ。
厭な空気の淀みがある。
スーツホームレスといえば、
住むところを失って
クルマ(自家用車)に寝泊りしているひとも多いらしいですね。
(森川さんへ)
いずれ、「貧しさ」を武器にする新世代が出てきますよ。
読書や教育によらず、
行動だけでたたき上げた「教養」。
それが詩を書く。
--なんて考えると、少しゾクゾクしませんか?
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【kozくんの日記「七尾旅人ライヴ 8/26」へのコメント】
ライヴに接した臨場感をあたえてくれる評でした。
しっかし、ぬるかったんだなあ。
しかも、新作がメロディレスだとは。
七尾旅人はもしかして、「売れないほう」に
意図的に向かおうとしてるんじゃないか?
何に焦燥を感じているのだろう。
kozくんの意見を待ちたい。
あ、旅人がカバーした曲で
「ひらひら」は和製・女ディランの史上の名曲ですが、
「夏のクラクション」が僕の大当たりです(笑)。
あれはたしか筒美京平作曲。
七尾旅人は筒美さんを微分積分するとできる
--最初、旅人を聴いたときはそうおもったもんです。
いまはちょっと感触がちがうなあ
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【田中宏輔さんの日記「水風呂につかりながらの読書」に
引き続き書いたコメント】
漢籍の素養が欠落して、
大正文学がはじまるをえなかった点も思い出されます。
大岡昇平は先の『中原中也』で
上田敏時代と較べ、堀口大学は文語・古語のつかいかたも俗に崩れ、
それらが中也にも作用していったと述べています。
いや、中也のみならず朔太郎だって、
『氷島』などに文法ミスというのか
「創作」和文体が数々見られる。
ただし言葉への何らかの焦燥がこれらの世代を領していたのも確か。
こういう「翳り」がモダ二ズム詩では一挙になくなり、
すべてが平板になってしまう。
そうして安西冬衛の「構成」や、西脇の清澄がまた代理的に出現する。
詩の言葉ひとつとっても、教育の時代要因によって
このように変遷しているわけです。
「新しい詩人」の教養体系が知りたいのはそこです。
それは既存の現代詩以外に、何を眼目においていたのか。
僕は詩作に詰まる「新しい詩人」のKくん(大好きな詩人です)に
安永蕗子の短歌を読め、漢語圧縮の凄みがわかるといったことがあります。
彼は読んで、いうとおりでした、詩作の道のひとつが開けた気がする、といっていた。
ことほどさように問題は
「われわれ」が悲憤慷慨に陥るだけでは済まされない、ということです。
示唆によってこそ、現況に現実的に介入しなければならない。
僕は「悲憤慷慨+追懐+冷笑」の荷風が
ときにうんざりすることがあります。
たぶん、そのような非倫理性をもってしまったことが、
「をば」を多用する荷風の文体の弛緩に如実に現れていて、
荷風の見どころもエロス描写に縮約されてしまう。
とまあ、コメント数「100回」を僕も祈念して
おもいついたことを書いてみました(笑)。
話を蒸し返します。
短詩系と翻訳文学の話題。
たしか80年代末期、新聞の訃報欄に
斎藤磯雄と葛原妙子の名が連日で出て、
それで僕の眼前が真っ暗になったことがありました。
「ある教養の消滅」。
そういう不可逆性の惨事に遭遇されたことは
ここにご結集のみなさんにもあるとおもうのですが、如何
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(Keffさんへ)
翻訳文体のたおやめぶり、って
ひでえイジメだなぁ(笑)。
僕も女性の物書きの一部に
そんな暴言を弄していた気がします。
でも、それで漢文脈へと「上昇」しつつあるのは大したもの。
漢字は圧縮です、世界の。
で、漢字と漢字がぶつかると、
そこだけでも意味のスパークが起こる。
現代思想はそこを取り込まなきゃ面白くない。
とうぜん日本化という問題があります。
それで外来概念語がどんどん漢字熟語へと造語されてゆく。
僕はその造語による「世界の壊れ」がわりかし好きです。
なぜこの分野で日本が先行し、
中国などがこうした造語をそのまま移入したのか。
ここで「言葉のノマド」、みたいな問題が出てくるのかもしれません。
僕の雑誌原稿は漢字だらけで真っ黒、とよくいわれます。
字数調整→圧縮→漢字化
が頻繁に起こるらしい。
普通は、字数調整のためには段落落としといった高度な技で対応を図るべきところ
不器用でアホな僕はそれができない(笑)。
で、ひらがなを書くために、片方で詩を書き始めた、
みたいなところがあるかもしれません。
たおやめ、に憧れているのです(笑)。
これが実はマッチョの証左かもしれません。
漢詩はつくるの難しそうです。
日本で使用している漢字からは
音韻が測れないこともあるし、
「古典」をどう織り込んでゆくかでも
ものすごい教養が要る。
某詩人が「漢詩をつくる会」みたいのに参加して
漢詩をつくったことがある、といっていましたが、
それが果たして漢詩の要件を満たしていたかどうかは
現在の詩人の「教養」からして疑問です(笑)。
(宏輔さんへ)
知識の共有が対話の前提なのは確かですが、
それだけでは
「おたく」同士のコミュニケーションにも帰着してしまう。
本当の対話が成立するために前提とされる教養とは
何なのですかね
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【改行屋・廿楽商店さんの日記「いただいてますありがとう」へのコメント】
たしかに乱歩は「少年のお尻」がモゾモゾします。
ただし僕などは、短篇『蟲』の死体描写を筆写して小説書きの練習をしたり(どんな小説じゃ−笑)、
長篇『孤島の鬼』の作中手記をエチュードにしたりしてました。
むろん、そういうのは充分に変態に耐性ができた大学の頃で、
廿楽さんの尻こだまのような詩的鳴動は
ひたすらアホな小学生時分の僕にはなかったような気がします(笑)。
『銭ゲバ』への覚醒も廿楽さんは早いですズラ(笑)。
俺なんか、永井豪『ハレンチ学園』を読むとどうしてちんちんが勃つのかと
友だち同士で身のない議論をしてたもん。
楳図かずお『猫目小僧』は傑作な映画化もあって、
大学の講義教材にどうかと
40年ぶりくらいにこないだ読み返したところでした。
マンガは記憶どおりに素晴らしいままでしたが、
井口昇による映画化作品もお見事です。
もっといろんなものが混ざって、
僕の好きな、雲古っぽさもある(笑)。
お薦めしておきます。
ああ昔日赤面の我いづこ。
いまじゃ、そういうわけで、
スカトロなどというものにも興味が出てきてしまった(笑)。
実行していませんけどね!(ト、強調してみる)
「土曜日の男」が同級生にいたなんていいなあ。。。
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「だったのでございます」芝居に、
僕は大学時代、関わっていましたよ。
気味悪い、怪奇芝居(笑)。
でもちょっとロートレアモン的な。
そう、先輩に熱烈で天才的な乱歩狂がいて、
それに僕も染まった。
そこから僕の学生芝居キャリアも始まったのです。
あ、手塚治虫体験は、僕と同じですね。
僕も『バイパイア』の間久部禄郎、
それと『どろろ』は全体が好きでした。
「少年サンデー」時代の、低調期といわれる手塚が。
この2作にはトラウマもつよい。
反面で僕は「ガロ」を背伸びして読んでいました。
初めて買った大判のマンガ単行本は、
林静一『赤色エレジー』です。
あがた森魚がヒットする前の話です。
(あ、『鉄腕アトム』などもあったか)
で、「ガロ」では安部慎一の熱狂的なファンになった。
これは中学1年くらいかな。
それまでは、小学生なのに、「つげ義春、神様」でした。
青林堂版の豪華作品集を
坐り読みで擦り切れるまで
日曜ごとに本屋で勝手にタダで読んでました(笑)。
何と図々しい小学生。
蒙古斑点がまだ存在していたくせに(笑)。
同じように背伸びして読んでいたのが
「少年マガジン」の山上たつひこ『光る風』と
真崎・守の『共犯幻想』でした。
このあたりは廿楽さんとの年齢2年差が関わるかもしれない。
あ、当時の永井豪は、どの作品も傑作です。
なかで僕は「マガジン」連載の
『キッカイくん』が一番好きかなあ。
『ハレンチ学園』は時代色を反映して、ラストが重くなりましたね。
洒落たマンガも好きだった。
つのだじろうの『グリグリ』とか。
そんなこんなで「りぼん」の弓月光さえ
同級生の女の子から奪って、読んでましたよ。
ここから僕のセクシュアリティが危うくなる(笑)。
え、廿楽さん、井口昇版『猫目小僧』、ご覧になってるんですか?
イマイチというなら、僕がオルグします(笑)。
僕の「図書新聞」に書いた作品評を添付メールしますよ
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あ、僕も白土三平、大好きでした。
とりわけ僕にとって大きかったのが『カムイ伝』。
僕の周囲の同級生も熱中して読んでた。
なんであんなに難しいものを、ともおもうけど。
TVでアニメ版『カムイ外伝』をOAしてたのが大きかったのかもしれません。
そうそう、憶いだしました、その『カムイ伝』読みたさに
僕は「ガロ」を立ち読みしはじめたのです。
『カムイ伝』の影響は大きかった。
だって、網野史観を知らずに躯に叩き込んでいたわけだから。
「com」も読んでました。
岡田史子や宮谷一彦など「新人作品」にドキドキしてました。
評論家「草森紳一」の名はこの時点で叩き込まれた。
これは僕のなかでは「ガロ」の上野昂志と対称形を当時なしてました。
劇画。
劇画にはマンガにない線の稠密があった。
それがスピードとなり、翳りとなり・・
こうしたものの原型は、僕にとってはちばてつやかもしれない。
街路の汚れ、ズボンのつぎあて、畳目・・
最良期のちばてつやには、昭和のリアリズムが確かにあった。
「少女フレンド」での作品が大きい。
『みそっかす』『テレビ天使』は何度読んでも泣けてしまいます(笑)。
山上たつひこ『光る風』は当時の右翼の容喙があって
連載が突如、打ち切られたらしいです。
時代色のつよいエピソードですね(笑)。
その後、彼は作風を変貌させた。
その最初の結実が『喜劇新思想体系』です。
その普及版が『がきデカ』だった。
『喜劇新思想体系』はすごく面白いです。
廿楽さん好みだとおもいます。
当時の小学生は
永井豪によって女子のパンツを見ることがマンガ体験だったり、
弓月光によってキスと赤面を想像することがマンガ体験だったり、
日野日出志によって皮膚病の恐ろしさにゲゲッとなることがマンガ体験だったりしたんでしょう。
みんな、お尻がムズムズくるものです。
そんなお尻を原っぱの地面にすりつけて昆虫みたいに喘いでもいた(笑)。
そんなこともあり、いまの子より、ずっと「見た目」が汚かったですよね。
「女子」はどうだったのか、ともおもう。
僕より一個下の小池昌代さんは、
「小学生時分のあたしは牛蒡のように細くて真っ黒で、
誰にも見向きされなかった」といってました。
ほほう、という感じ。
光に照らされた孤独の輪郭がみえる。
しっかし、陸奥A子まで廿楽さんの守備範囲に入っていたとは意外(笑)。
「アタシってドジ♪ エヘっ」というのは
後年学習された「乙女ちっく」への定番難詰文句ですが、
ああいうところが
「女子」のわけのわからなさだと僕はおもっていました。
で、僕はどうだったのかというと、
犬の雲古の日ごとの変化を研究日誌にしたりして
担任にせっせと提出していました。
あれは乾いて風にさらされると完全な繊維になります。
それを僕が得々として「女子」に教示すると
「女子」は「男子ってバカ」と冷たかったです(笑)。
うーん、こうやって当時の自分を振り返ってみると
自分の一コマ一コマが非連続で
まるでつながっていなかったような感慨に囚われてしまう
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2007年10月25日 中国便覧


