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いろえんぴつにじゅうよんしょくのうた ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

いろえんぴつにじゅうよんしょくのうたのページです。

いろえんぴつにじゅうよんしょくのうた

 
採点をさらにすすめています。
この過程でもう一個、
期末課題にだされた
すばらしい学生詩篇を紹介したくなりました。

作者名はまたもイニシャル表記、
立教一年生、こちらも♀さんです。
みごとなみごとな、ひらがな詩です。

せかいのいろがじゅずつなぎになってながれ
いちにちのしょうじょのじかん、をおりこんでゆきます。



【いろえんぴつにじゅうよんしょくのうた】
T・I


ふくろうがみずうみのうえをとんでいく
みずがゆらゆら、ゆれて
にぶいひかりをうみだすの
(ぎんいろ)
かのじょは
せみろんぐのきれいなかみをなびかせて
(きんいろ)
そのひとみにせかいをやどす
(ねずみいろ)
「かげはそんざいのしょうめいだわ」
にこやかに、
(くろ)
じゅひのしめりけがここちよい
(ちゃいろ)
かつてはかれらもあたたかかったのだ
そのあしで、そのきばで、
はくあきのきおくがはじけてきえる
(あかちゃいろ)
きのこがのこのこ
(おうどいろ)
ふかいかなしみ
しにんのこうしん
(あかむらさき)
もうすぐよあけなのだから
すこしおやすみなさいな、と
おびえながらもかのじょはきぜんといいはなつ
(うすむらさき)
しののめしののめあさのりんかく
(むらさき)
よるのかけらはしんしょくされて
(ぐんじょういろ)
うつくしすぎる、たいきがすみきる
わずかなせいじゃく
(あお)
かのじょのひとみはいのちのうるみ
(みずいろ)
いきるいし、もえる、もえる
(ふかみどり)
あおむし かえる ほたるのしっぽ
(みどり)
あさとよるのさかいめ、ひとつ
「めをこらしてこころでみるのよ」
(きみどり)
かのじょのかみのひかり
てんしのわっか
(きいろ)
しんせんなたまごのめだまやきでかんぱい
(やまぶきいろ)
かじゅうがとろり
(だいだいいろ)
かのじょのだんすのおあいてだぁれ
(はだいろ)
おいしそうなほっぺのあかみ
(ももいろ)
いよいよやってきてしまったのだ
はじまりのひかり、うさぎのめ
(しゅいろ)
ちしおをこどうをぎゅっとだきしめ
ちえのきのみをめしあがれ
(あか)
おしとやかな
はすのはな
(しろ)
いろえんぴつのまどろみ、
たましいのいろ、
(にじゅうよんしょく)




海老茶袴の大正貞女が
女学校の教室で「妄想」して
ノートの端に落書したような、
最高の「少女詩」ではないだろうか。

心が浄化する、
発語というより、息の淡さによって。
部分的には盛田志保子の口語短歌もおもった
(盛田さん、第二子、無事出産したのだろうか?)。

T・Iさんは提出課題全体を詩集形にしていて、
他の(収録)詩篇もよく、全体性もよい。

じつはもうひとつ転記打ちしたい詩篇もあった。
三村京子「しあわせなおんなのこ」の続篇ともいえる、
これまた淡い、しかし熾烈な少女の自己穿孔詩、
「しあわせなおんなのこ」(同タイトル)がそれだ。
こちらはしかし別機会ということにしようか


【その後の対応書き込み】

色を契機にして
想像による「世界視線」が
移動してゆく。

おっしゃるとおりフィニッシュが完璧なら
二十年後には教科書に載る詩篇だったかもしれません
(逆に出来上がりの完璧性が弱いのを
僕は好きだったのかもしれませんが)。

この詩の成立経緯は本人の雰囲気をもとに
大正貞女の「妄想」とはしるしましたが、
もしかすると即物的に
二十四色色鉛筆を見ながら
書かれたのかもしれない。

その視線を想像すると
よけい作者がいとおしくもなります

ひらがなでびっくりするのは
漢字対応の想像ですね。

「はくあき」は「白亜紀」よりも
「吐く秋」と最初読むひとが多くないでしょうか。

「白亜紀」と「牙」の対応が
この詩篇が想像的に真実だという点を問わず語りもしている。

そういえば水原紫苑の名歌。
《象来たる夜半(よは)とおもへや白萩の垂るるいづこも牙のにほひす》
(『うたうら』)。

この時期の水原紫苑は葛原妙子的です。
また初期の盛田志保子も葛原/水原的です。
これらの複合作用によって
この詩篇の作者が、盛田的になるのかもしれませんね

上、水原紫苑に着想をあたえたとおぼしい
葛原妙子の歌もしるしておきましょう。

ゆふぐれにおもへる鶴のくちばしはあなかすかなる芹のにほひす
(『朱霊』)
  
 

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2009年08月05日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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