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富であるかぎり見えない ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

富であるかぎり見えないのページです。

富であるかぎり見えない

 
 
【富であるかぎり見えない】


僕らが手にしている富は見えないよ
彼らは奪えないし壊すこともない
――椎名林檎




遠見しながらおもう、
礼文から利尻から
わたる風になるために
みどりのうみどりと
体温をおんなじにすることは
もはや「みえない」。
北だけを羅針に
世界の方向づけがなって
体毛を大気でくしけずり
木彫の流れをえがきながら
一様なたなびきになることも
みんなとみんなのあいだでは
もはや「みえない」。
われわれをわれわれの内側に向け
掘りすすめるうごきのなかでは
もはやなんにもみえなくなって
まぶたのにおう陸にあがり
蒸気のようなものにすらなって
夕暮はただあすのため
最後の「日を着る」んだ
それがもう毛皮かもしれないが。

なぎさではかわいた流木を焚く
書を焚くかわりの飲食にのぞむ。
われわれのうちの
みたことのないわれわれ
これを感じることは
もう性交の者となるのとおんなじで
顔の円にも署名がなくなって
たがいの欲があげる声を知るかぎり
四肢交換までもが汚名となった。
なぎさ、うっすらとした配置と姿、
たがいの椀のひと吸いごとに
身のけむりを脱いでゆき
木彫のはだをあらわにして
すべて先行の暗くなる流木時には
なんの泉だろう、鮭の貌だって感じるが
溯上だけがやどられて
あれら陸の傷はなんたる木彫状だ、
とおい、とおすぎる。
「陸は溯上においてこそ稠密なので」
その富は水にも奪えないだろう、
洗いながしてしまうあの水にも
肌のした薄くひろがる物語が
もうそれほどに「奪えないだろう」。

明治がここへ来てしまっては
がらすよりも透くあたたかみに
くるまって朝までを眠るだけだよ
愛しているから さわれない、
一斉の時報のような心があるが
一斉の時計がそこにあるわけでもない
朝はただ浜辺に起きだして
前日の罠に女や魚がうずくまっていないか
たしかめるうち 結果として
からだに曙光を入れてゆくだけだ。
こういうのが北海に在ること、
みどりだったゆびだってこのとき以後は
かたれない情にするだけだ。
うみどりのみどりながれる、
その幅が、幅員が 脳のひと晩だろう
(ふれないし、鰭でもない、

はじまったばかりの朝なのに
「身から出た近代」を
これらひと続きの
性愛にたしかめる。
なぜたしかめるときは
声ではなく ただ身をつかうのか
背骨を縦にして
考えのいずみのようなところに
その足までもをあるかせるのか。
あるきがわれわれを沿っていて
「われわれが歩いている」のも
木彫のように「みえなくなる」。

身の近代ともなれば
かなしいこともかなしくなく
かなしくないことだけ かなしくなる。
これらがおぼえのならいだとして
眼のなかのみどりに
なづきの内側へひらいてゆく
感情の形容不能を
負わせられるかが問題だ。
それにわれわれの手足は
きたきつねを撫ぜるていどには
自分にまがりすぎてもいる。
なにかそれは杖に似てしまった。

そういうのが肌のしたを
雲のようにたなびく物語や富で
われわれは裸身のかわりに着ているので
彼らはそれを奪えない。
そっちの涙をこっちの頬に
奪えないということは
距たりにも踏みこえ不能があり
これこそが恩恵ということだ。
世界は延びているし
われわれもたんに
「みどり」といわれるような
色彩ではない。
そこには枯れもあるし ながれもある。
ただ ときには水に像をあたえて
この河原立ちそのものを
木立にまで同化させ、
すべて消すこともある、
ある、ただそれだけのことだろう




ひさしぶりにミクシィのため詩を書いてみた。
八時からのニュースワイドの喧騒を拒否して
椎名林檎『ありあまる富』を聴くうち
このあいだの北海道旅行の体験が
詩に化合していったのだった。

この曲、思弁性の高いセカイ系の歌詞が抜群で
そこに「ここでキスして。」に匹敵する
曲の展開力が相俟っている(転調も素晴らしい)。
よって林檎さんの代表曲となった。

出だしのガットギターのストロークが
ビートルズ・コードなのも嬉しい。
曲の一瞬では「フリー・アズ・ア・バード」を
想起させるところもある。
泣けてしまう。



あ、このところは
泥沼めく採点作業が終わった嬉しさのなかで
連日、飲んでばかりいます。

金曜日は抗鬱剤再投与決定の女子と、
吉祥寺で魚をつつきながら、鬱について愉しく語った。

土曜日は藤沢で小学校の同窓会。
旧姓・清沢さんの撮った「私たちの通学路の現在」が
パソコン画面からそのままスクリーンに投影され
懐かしさでちょっとウルウルとなる。
癌の転移がなくなった萩君の顔色がいいのが嬉しい。
またもや「女子」といちゃついてしまった。
帰りの電車で志村ちゃんが
三村京子の歌詞を褒めてくれたのも嬉しかった。

今日・月曜は定例の「かいぶつ句会」。
あす火曜は魚返一真さん、思潮社・亀岡くんと池袋で飲み。
案件は、詩集表紙につかう魚返写真の決定。
方向性確定のために、ということで
魚返さんから連日、僕のパソコンに
「魚返エロ」な写真を送ってきていただいている。
玉手箱を開くみたいで、それがすごく愉しい。

以上、簡単な近況報告でした。
 
 

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2009年08月10日 現代詩 トラックバック(0) コメント(2)

先生のブログにコメントしたと思ったのですが、投稿されていなかったようなので、再度。
URL欄に私のブログを載せました。
日記、小説創作やたまに詩、読書記録なんかを書いています。
よかったらどうぞ閲覧・コメントください。

2009年08月29日 抗鬱剤再投与決定の女子 URL 編集

ブログ、覗いてみました。
今後とも創作、頑張ってください。
たまに覗くようにします

2009年08月29日 阿部嘉昭 URL 編集












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