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文学極道No.2 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

文学極道No.2のページです。

文学極道No.2



人波の流れを縫うように、軽く移動したい。
「ひとがただ移動するだけ」なら、
きんいろの足取りの軽さのなかにこそ
世界のいまの構造を映したい。
世界とは消えながら同時に再生されてゆく、
「私の幅だけの」層、その
(自分にとってもそうと映る)遥かさにすぎないのだから。

こういう歩き方ならもうあたりまえで、
だから僕などは容赦なく
眼前に立ち塞がってくる「大袈裟さ」を斬ってしまう。
――そう、ネット詩作者と対立する、
詩壇詩人のたたずまいをいっている。

詩壇とは詩集を自費出版し(実際、「詩人」の資格審査とはそれだけだ)、
「詩人」住所録を参照しその詩集を方ぼうに送りつけた、
「いちおうカネのある」者たち、それらが集まった共同体であって、
評価の互酬を担保に「つるみあう者たち」といわれても仕方がないだろう。
とうぜんそれはハイソ擬制だから、排除的にもならざるをえない。

詩の応募サイトにつどう者たちとはこのように経済格差もあるから
詩壇詩人とネット詩作者の対立はとうぜん「階級的」なのだった。
この点がまず銘記されなければならない。

さて、ネット詩をただ闇雲に否定する「頓珍漢」がいる。
いいものとわるいものの混在する対象分野に、
批評技術として「闇雲」もないだろう。
しかもその否定態度は「読まない」という不作為に終始するので
彼の対立者は彼と同じ議場に立てない構造ともなる。
そう、いつでも不戦敗のなかにいる彼が
いつでも不戦勝を僭称している、不公平があるのだ。

たとえば「頓珍漢」は「気風の持続」をいう歴史主義者を装う。
詩には継承があり、そのうえでこそ転位があり、
それらは結果的に教養体系を、軋みのなかでつくりあげる。
個々人の作品は例外なく歴史象限で座標位置化されるのだ。
これは詩の不意打ちから衝撃性をたえず緩和してゆく試みでもある。
教養にたいする手つきはこのようにして文明化されてゆく。

その「頓珍漢」は「68年世代」とみなされるだろうが、
学問上の68年とは体系の崩壊を、自殺行為であっても志すことだった。
それはいっとき学際性をもったが、ただちに産学協同化する。
一方でこれは学問の欲望化と呼ばれてもよく、それで学問からは我慢が消えた。
刹那性を装填して閉塞を突破すること、これは悪いことではないが、
このNOの突きつけが数を恃んだのが68年の失敗だった。

ネット詩は詩壇という体系の「現在的」崩壊過程だから
68年的主題の最終実現のひとつともいえる
(革命的、とは単純にいえないとおもうが)。
歴史主義者を自称する例の「頓珍漢」はこんな簡単なこともわからない。
68年派の看板が泣く。
ネット詩の特有性はそのジャンク性でもある。
彼の盟友評論家はそれに気づき、そこに価値を見出しているだろう。

構造的にはこうだ――
ネット詩は「情報プアであるがゆえ」詩壇からの継承を切断されている。
それは教養とはあらかじめ別次元の情動だ
(教養があるとしても「現代詩次元」ではない)。
しかもネット上の擬似連接以外は、
個々の立脚も、孤立を排除しない精神の高潔さのなかにある
(これは詩壇「詩人」ではほぼできないことだ)。

つまり体系崩壊的である点では68年が継承されながら
数を(本当は)恃まない点では68年を否定しているという、
ダブルバインドにこそネット詩は位置している。
そういうねじれがたぶん上述「頓珍漢」には
ぎっくり腰になりそうで面倒くさいということなのだろう。

「頓珍漢」のみならず
詩壇人を自称するひとのうち悪い類型とつきあうと、
彼らのレファランスが徹底して詩壇内自給的と気づくことがある。
詩壇をかためるために詩壇内固有名詞が動員され、
それでますます用語や思考が硬直し「大袈裟」になってゆく。
ここでは誰かが提唱した有職故実だけが継がれて動脈硬化が起こる。

参照系に横断性のない「おたく」といえばそれまでなのだが、
個別詩篇のレベルで見やすい「硬化」こそが
「詩語」という、不要なものの介在なのではないか。
「詩語」詩がもう駄目なのだ、滑稽で重く、硬くて。
こんなことは意欲的なネット詩の作者にはすべて自明だろう。

考えてもみよう、詩は「思考の新提起」が呼吸をもつ
――そういう小さな一点からはじまるだけだ。有職故実とは無縁。
思考が世界の何かを改変しようとして
それが世界内にあるかぎりで呼吸化されて、
こうした発語にこそ律動が生じ、語法=身体性も小さな保証を得る。

詩壇詩とはちがい、ネット詩では
「私の変型した世界を見て」という懇願は
ただ「私の新しい思考を/律動を/語法を/身体を/見て」
という力線のみになって、これこそが危急性を帯びる。
だから即時投稿/即時アップが要求されるのだ。

このときネット空間という不定形な基底材が
「私のために」割れて、「私の場所」をつくるための作用域となる。
それはつまり詩誌のようなヒエラルキーを経由しない。
たんなる即時性だ。
ここからこそ「遅れすぎた刊行」の悪弊が消える、
むろん詩作者に意欲と身体のよさがともなえば、だが。

ともかくネット環境は同人誌環境を
すでに包含しているという中間結論が出せるだろう(SNSもふくめて)。
とりわけいまは詩壇の詩集に変わる機能を
ネットの詩サイトがどうつくりあげるかが課題だ。



前置きが長くなったが、この点で優秀な刊行物が出た。
最も熾烈な詩の応募サイト、「文学極道」が
06年度、07年度のサイト内各賞を受けた詩篇をあつめた
『文学極道No.2』がそれだ。

ネット詩の優秀性をつたえるのものが
刊行物の形態をとるのは矛盾だが、
これこそが現状の「歴史性」=過渡期世界性だろう。
つまり、たんなる「素晴らしい詞華集」と遇するだけでも足りないのだ
(及ばずながら僕が思潮社から次の詩集を出すのとも意義が同じだとおもう)。

むろん『文学極道No.2』掲載詩は「詩壇フリー」なので
詩壇内レファレンスからの疾病、つまり「大袈裟さ」を病んでいない。
個別の思考が個別の世界を改変するなかで
詩句が「新しく」呼吸化・身体化・韻律化されていて、
この出自によってこそ詩壇詩とは新鮮度が異なる、ということになる。
それらは斬新であるがゆえに「生きて/動いている」。

(ところで以上の立論と矛盾するようだが、
こうした素晴らしさは詩壇の一部の書き手や
「詩手帖」投稿欄の一部の書き手ともひとしい。
つまり問題は例示した「頓珍漢」に代表される
「反動階級」だけなのではないだろうか。
いきなりの「宥和」的提案で恐縮なのだが)

さてこれから数回に分け、『文学極道No.2』で魅了された詩篇、
それをいくつか個別にみてゆくことにしよう。
同書を恵贈してくれた若い詩作者でもある
平川綾真智さんにはこの場を借りて感謝します。
同書奥付には通販希望のかたは以下のアドレスへ、という案内もある。
読者便宜のため転記しておきます。store@bungoku.jp



【モモンガの帰郷のために】
りす


モモンガが森に帰る朝
謝るとは何を捨てることなのか
すまない。
わたしはモモンガにそう言ったのかもしれない
なぜ、謝る?
家内が君のことをずっとムササビと呼んで、
いいんだ、慣れてる

レガシーのサイドミラーに自分を映し
女生徒のように丹念に毛づくろいしている
長旅になるのだろう
モモンガは鏡が好きだ
モモンガは断言する
これが人間から学んだ唯一のことだ、と

餞別のつもりで
三日分のバナナチップスを渡そうとした
モモンガは現地調査で行くから心配するなと呟き
振り向きもせず毛並みを整える
長い距離を飛ぶのは久しぶりなんだ
そう言って薄い飛膜を朝陽に透かす
きれいだな、とわたしは言ったが
モモンガは相変わらず
きれい という言葉を理解しない
わたしは 現地とはどこだろうと
気になったが尋ねなかった

(全八聯中、三聯まで)




「モモンガ」と「ムササビ」の差異は何か。
どちらも「飛ぶリス」で同じ種に属するが(飛膜も双方にある)、
「ムササビ」のほうが大型ということらしい。

作者名は「りす」、ということは生き方が飛翔的になるとき、
それは「モモンガ」の別名を生じるのではないか。

動物詩、したがって寓意詩で、
詩は「わたし」「モモンガ」「家内」の関係性のなかで
ゆるやかな物語をえがく
(散文形をとるか否かは問わず、
「物語性」のつよい詩の多いのが「文学極道」の特徴かもしれないが、
僕はそれを詩の現在の趨勢だとはあえていわない)。

家内のゴミ出し要請にたいして「わたし」をモモンガが代行し
モモンガは電柱づたいに朝の向こうへと飛び去ってゆく(帰郷する)。
引用しなかったが、詩篇の最終局面はそうなる。
このときモモンガの利巧さを家内は褒めるが
「わたし」はモモンガへの謝罪の気持でいっぱいだ。

「わたし」「家内」の家庭にとって
男・女・動物の属性を複雑に転写される、このモモンガとは誰か。
へんな三角関係がえがかれたと読んでも愉しいが
モモンガは「わたしの可能態」のうち、
「飛翔可能性」のほうを体現しているのではないか。

詩はユーモア詩の語法をもちつつ、
括弧類でくくられるべき会話体が、詩の「地」の叙述に
無媒介、括弧なしで侵入し、
その驚愕をリズムにしている。
作者自身、物語の詰屈と小さな驚愕を原動力にして、
この詩篇をつむいでいったのではないか。
つまり「自分自身が愕くためにのみ」手が詩篇を書いた。
ここから作者の離人的な位置を観測すべきなのだろう。



長い距離を飛ぶのは久しぶりなんだ
そう言って薄い飛膜を朝陽に透かす
きれいだな、とわたしは言ったが
モモンガは相変わらず
きれい という言葉を理解しない



三聯のこのあたりの行と言葉の運びがうつくしい。
「わたしのことをいいつつ」「いっていない」齟齬がまず胸に迫り、
つぎに「飛膜と朝陽」の配合に泣ける、と僕はおもう。



【花風】
軽谷佑子


ともなわれ手を引かれて花畑
を転々としたわたしはこちらがわ
でありむこうがわ

手をしばり
つなぎあって死んでいく互いを
さしてばたばたととりが死がいをついばみに来る

いっせいに開いた
中心に立ちかこまれる顔は
ののしりのかたちに裂けて

後列から引かれいちまい
いちまいが回転をもつわたしをするどく
のける花風

手をしばり
つなぎあって死んでいくからだは水浴び
のあとのかたちとりが死がいをついばみに来る

(全篇)




一聯三行の自己法則を詩篇進展に課したとして
たぶんその「三行」は誤謬として設定されている。
それもあって見たことのない改行法則が生じ、
字アキまたは句点の余地が膠着する。

一種のにかわでできた柔らかな起立(一行の)。
その起立の林立(一聯の)。
これら組成上の矛盾撞着によって、
詩篇からは着実に、声が、身体があらわれてくる
(抵抗圧こそが身体性のあかしだから)。
あらわれてくるが、「花風のように」読者の身体を
詩篇はすりぬけてもゆく。奇蹟の眺めだ。

平易な言葉、ひらがなが多用され、高度な隠喩が貫かれる。
「わたし」は花畑に花弁を拡げた茎の一本だったろうか、
それは風にあおられて花弁の数々となり、
それならば「花風」全体にも「わたし」はなり、風雨にひるがえってゆく。
「ののしりのかたちに裂ける」春の死が「わたし」の演目。
この自己上演には、本質以前の気まぐれがあると踏んだが、
そういうのは僕自身の、少女愛好趣味なのかもしれない。
唱歌「花の街」とは別のながめなのか。

修辞個々はひらがな特有の連接性のなかで
「裂け」をかたどっていて少し恐怖する。
そしてこの恐怖を生産した自分自身の虚構を作者が笑っている。
そうだった、「花風」は「鼻風邪」と同音なのだった。




【堕胎】
中村かほり


蝶に追われるのは
わたしのからだが
あまいものでみたされているからだろう

半日おりたたんでいた指をのばすと
そこから朝がはじまるから
光に飢えた子どもたちが
とおくの空より落下する

〔※二個聯省略〕

街のほうでは
檸檬の配給がおこなわれていて
半裸の女が
うつろな目をして順番を待っている

いますぐにでも駆け出して
あなたのうしなった
子どもはここにいるのだと
伝えたいけれど
檸檬のにおいがただよう街のなかに
蝶をともなっては行けない

〔※三個聯省略〕

あちら側から風が吹いて
瞬間
ただよった檸檬のにおいに
子どもたちは顔をしかめた

蝶に気づかれぬよう
わたしたちはしずかに
街のほうへ行く




平易な言葉で書かれているが
最初の二つの聯での言葉の成行に驚愕するだろう。
しかし驚愕はそこにとどまらない。
詩の世界観そのものも異常なのだ。

詩篇は水子をえがいている。
堕胎によって常闇のなかにおちてしまった未生の群が
母親を常闇からみているという全体布置。
母親たちは堕胎の苦患をせめてうるおわすため
檸檬の配給を待っているようだが、ここにも構図がある、
生者の世界にこそ光と檸檬の香りがあるということだ。
あちら側(生者)から風が吹き込んで、
死後世界に檸檬の香りがみちるというイメージの鮮烈さ。

さらに奇妙なのは
この詩篇の主体「わたし」「わたしたち」のほうだ。
「わたし」も水子と同様の死後世界にいて、
わたしの体臭は甘く、それで蝶に追われている。
この体臭の甘さによって「わたし」は水子との同断性を免れているが、
ではそうした水子の群れを「わたしたち」が宰領しているのかというと
じつは詩篇はそうした関係性の秘密を
最後まで明かそうとはしない。

ただわたしたちは蝶のつきまといからのがれ
その甘い香りのからだを
生者の世界にしずかにちかづけたいとおもうだけだ。
詩が最終的に定着したのはそういう接近の気配なのだが、
これは執着心をともなう再訪なのか。

ここで詩のなかの「わたし」が
堕胎経験者かどうかという判断は何も意味をなさない。
ある一定の世界があわく脆く隙間のあるもので連接され、
常識的な実在性を覗き、近づこうとしているとだけ
この詩篇の読者はかんがえ、そこにこそ感動する。

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2009年08月12日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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