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サイト掲載文書の変更 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

サイト掲載文書の変更のページです。

サイト掲載文書の変更

 
 
自分に厳しくするように
他人にも厳しく、というのを
この夏はモットーにしてきて
さすがにだんだん窮屈になってきた。
友達も減ったかもしれない。
ともあれ自己不信と憂鬱に
今日は陥った。

こんな日は、過去の原稿のチェックに限る。
ずばずば要らぬものが切れるのだ。
それで曖昧に「阿部嘉昭ファンサイト」上に放置してきた
ネット句集ふたつ(ひとつは『草微光』というタイトル)に
自分自身にたいし残酷ともおもえるメスをふるった。

だいたい、僕の詩は俳味と俳句的語衝突、
それに詩行の連句性が売りだとすると
ネット上に愚句が並ぶのは恥辱だ。

見直すと手前勝手で文法すら怪しく
修辞的に意味不明なもの、
俳味を勘違いして厭味なもの、
類句の存在が明らかなもの、
俳句としてあまりに韻律が悪いもの、
詩か歌にすげかえたほうが得策なもの、などなど、
悲惨な出来のものが目白押しだった。

それらの句を樵のように伐採する。
半分程度しか生き残らなかった。
ただしこれなら「阿部承認済の句」として
巷間に一人歩きさせてもよい、という厳選となった。

句集名も新たにつけた。
「馬上」。
馬上を詠み印象的な句が数句あったためだ。

自己評価の裁断を下すとき
往年「なにぬねの?」の仲間たちが
褒めた句などが自然に残った。
やはり自分の良いものは他人にも良い。
そこでは句眼がはっきりしていて、
だから他人に伝わるのだが、
この句眼を詩でいうと「モチベーション」となる。

現在、詩にモチベーションなど要らないと高言する
僕の若い詩友もいるが、
たぶんそれはまちがっている。
僕が自分の句作を削ったように
それらの詩作もそのひとたち自身によって
時が経てば削られるだろう。

モチベーションとはたぶん
「この世で承認されるためのしるし」でもあるのだ。
作品の地上性の証拠、ともいうべきか。

句集をサイトにまとめなおしたついでに、
今度出る詩集の傍らでつくったり
それ以後になした詩篇もまとめた。
これも『みんなを、屋根に。』とタイトルして
「阿部嘉昭ファンサイト」にアップした。

http://abecasio.s23.xrea.com/
どちらも、「未公開原稿など」の欄で読めます。

なお、このサイト工事にともない、
こんど思潮社から出る詩集『頬杖のつきかた』と
内容重複する文書を一挙に割愛した。
『春ノ永遠』『頬杖のつきかた』
『ス/ラッシュ』『フィルムの犬』がそれ。
コピペしようとしていたかたは残念!(笑)



いずれにせよ、今日は不調だった。
サイト工事を夕方おこなうまえは、
読書が進まずにいた。

それで往年
、薔薇十字社から出ていた『西脇順三郎対談集』のうち
石川淳相手のものを暇つぶしに齧り読みする。

例の芭蕉『笈の小文』を
「きゅうのしょうぶん」と訓むべきだと
西脇が石川淳にいい、
石川淳に困惑ののち不穏の敵意が生ずる伝説の対談だ。

西脇は完全に狂っている。
だが狂っていることを凄さと感じ、
石川淳が許す。

僕の読みではそういう経緯なのだが、
ちがう感想をおもちのかたもいるだろう。
意見を聞きたいなあ。

いずれにせよ、西脇を狂わせているのが
例の「東洋・西洋音韻同源説」という曲説だった。
なんという最晩年の無駄、
そこが岡井隆とはちがう。
 
 

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2009年09月03日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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