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なんかスゲエきつい ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

なんかスゲエきついのページです。

なんかスゲエきつい

 
 
なんかスゲエきつい。
--たぶん、こういうことだ。

僕はこのところずっと「映画評論家引退中」で
その理由は90年代、
阪本順治や瀬々敬久や三池崇史など
自分とほぽ同世代の映画監督に着眼、
それで映画の内実が変化するよう
これら「鋭い」監督たちを支持してきたんだけど、
そうした監督の多くが興行的な苦戦をしいられ、
また作風も変ずるにおよび、
自分の批評の無力を感じ、
映画批評からの撤退こそを決意したためだった。

このかん例外的に日本映画にかかわる映画評論集を二冊だし、
作家モノグラフも、映画の時代的傾向分析の著作もそれぞれ出したが
(結果的にはこの時期、
たとえば山根さんより評論実績があったということになる)、
往年の蓮実さんのように映画評論で幸福にはなれなかった・・・

ともあれ、ごめんな、みんな、という感じ。
「鋭く痩せているものこそが90年代のリアルだ」
という自分の予想は
作品レベルでなく商業レベルでは、結果的に虚偽だった。

以来、本当に試写は
知り合い監督・スタッフ・キャスト・プロデューサーから
依頼を受けなければ行かなくなった。
それでもいまも年間、5~10本程度の映画評を仕上げ、
なんらかの媒体に発表しているのが不思議だが。

その後のこと。
たとえば瀬々敬久と詩作者・廿楽順治が同齢だという
確認はわりとうれしかった。
自分の世代の救済される分野として映画が駄目なら
次は詩があるじゃないかという気持になった。

そうそう、「眼高手低」という言葉がある。
批評達成は高いが、実作がいまだし、という意味だ。
好意的に見積もると
僕が詩壇に興味をなくした90年前後は
詩論を積極的にものすることに根性が出た「男性IQ高官時代」で、
しかし彼らがつくりあげる批評バブルにこそ寒気がして、
詩の動向を追うのをやめてしまったきらいがあった。

ところが気づくと2000年に入ってからは
出身学歴とか実際的就業状況(いまどんなアカデミシャンなのか)
といった「詩壇的出世」の呪縛が不況からか消えつつあった。
これには詩作者のうちの女性が
権力中心的ヒエラルキーを溶解してきたおかげという側面もあって、
結果、ゼロ年代は女性ではなく男性にも
「手高眼低」の共通項がみえはじめた。
そう、詩論は不得意だが実作は得手、といった・・・

この状況に狂喜し、詩作者との通信のため
SNSをはじめたようなものだった。
若いひとは男女を問わず生理的に好きだった。
少ない報酬で、教職の末席を穢している僕の、
これは身についた哀しい習いだろう。

それでいうと最近、哀しかったことがいくつかある。
「詩手帖」は今年九月号、
「ゼロ年代詩人」と称される若手の作品特集をやった。
そのなかで早くも「詩人の椅子」に安閑と座り、
モチベーションなしで〆切にあわせて虚無詩を仕上げ
恬淡としている厚顔無恥たちの存在をあらわにしてしまった。

前々世紀以来継続している「詩の危機」にたいして
そこでは出世自覚によるメタボ的楽観が代置されている。
醜く肥ったこのような詩意識を多方面に感じ、
こっちはむしろゲッソリした。
となると趨勢は「眼高手低」に舞い戻ったのか。

それが今朝、結果が出る。
心あるひとは僕の前の前の日記、
そこに続いた延々の書き込み欄を参照にしてほしいが
僕のちょっと年少の世代の批評意識の自己チュー化も昂じ、
批評もまた極度に劣化しだしたらしいのだ。

とくに未知のもの同士を連接して魅惑の地図をつくり、
それを享受者にサーヴィスとして提示するという
批評の本懐が守られなくなった。
平岡正明、草森紳一いずこ。
既視感のあるアイテムが
劣化をけみして自堕落に再提示されるのみで、
ミクシィなどの好意前提、共感パフォーマンス空間では
そのような劣化評論も
「知りませんでした」と軽々と受け入れられてしまう。
そうなっては僕のような元祖しらけ世代には立つ瀬もない。

ということで、暗黒的な眺め、
つまり「眼低手低」という状況が確実になりつつあって、
これでは映画をなげうって詩にシフトした
自分の運命選択も甲斐がない、というものだ。

とりわけ嫌いなのが「気取り」だ。
一般人なら馬鹿しかやらないこの振舞を
何を勘違いするのか多くの「詩人さん」がいつも平気でやる。
世間的にさほど認知されていないひとであっても
ルサンチマンの反転なのかこの気取りが横行してしまう。

気取りは「託宣」をもともなうが、いつも誤謬だらけだ。
たとえば早稲田大学を基盤とする若手歌人に
考古学アイテム・俵万智との共通性を見出し
恬淡としているひとがいた。
このアナロジー指摘にはとうぜん何の意味もない。
そういえばそのひとは、事もあろうに
三村京子を山崎ハコと似ているともいいだすアナロジー狂でもあって、
結局僕はそのひとを中心とするネットサロンが嫌いで
「なにぬねの」というSNSは今日脱会してしまった。

「そのひと」はしかし90年代末期には
目覚しい詩集を自費出版していて、
つまり「たるみ」というのも
じつは個人病ではなく時代共通病であって、
したがっていまの実際は、個人攻撃すら無意味らしいのだ。
そう、「僕をふくめ」、「みんな」が劣化している・・・

この落下傾斜に歯止めがかかるのか、わからない。
そろそろかなり死にたい気分になってはいる。
自分だけ「抜け駆け」するのも倫理感に合わないからだ。
売りつけたいものは売れないし、
幸福になってほしい学生の卒業後の道筋も
険しいことが多い(ただし今年ちょっと好転したが)。
たとえば女房が現在の体調不良が昂じて死んでしまえば
たぶん僕自身の生きる理由すらなくなってしまう・・・

と考え、さすがに危機意識が走った。

ちがう、「眼低手低」を是正するのは自分だ、
啓蒙によって疲弊し、吐血して主体的に死ぬべきなのも自分なのだ。
旧いことばだが、アンガージュマンは
生倫理としていまだ有効なのではないか。

だからこそ僕はふたつのことをしようとも決意したのだった。

ひとつが思潮社からの自分の詩集の出版。
もうひとつが詩の応募サイト「文学極道」で発起人の一人となり、
若い詩作者とのあいだで
「出血的な」詩作サークルをつくりあげる一助となること。
つまり同時にいえばそう、絵に描いたような矛盾撞着の自己実践、
引き裂けるように自分の運命を再配備すること・・・

たぶん後退戦、しかも退路なきそれをしいられているのは事実だろう。
50をすぎて明日が毎日の結果次第という
賭博人生に舞い戻ろうとすらしている。
どうなんだろう、こういうのは「充実」というべきなんだろうか?

もはや加齢で体力は落ちた。
何かしようとすると途端に憂鬱になってしまう。
なのでとりあえずやはり最初の標題を繰り返すことにはなる。

「なんかスゲエきつい」・・・
 
 

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2009年09月11日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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