FC2ブログ

無季自由律傑作選 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

無季自由律傑作選のページです。

無季自由律傑作選

 
 
身の墓石を砥ぐ


伝聞にして馬、シラクサの気楼を去る


もののふ泣く軍門にあきつ流れて


月下は真葛原の晴れ着


馬の脂におるがんをうかべ寝る


十一面の就寝の、みな銅貨


尻魂を抜いた女で刷毛する


錬銀の手続きのやうな田続き


紫紺ゆくフルートと川下り


黄金は詩のミルフィーユ状に乗つた


頬杖にも暗緑のうろ


鳥の古代を毟りに


望円は沖への叛意だらう密かに


身の鉄分を楢へ下げにゆく


以上、棒銀術の犬が御破算




前回十月五日の立教俳句連句演習では
「無季自由律」の検討に入った。
というのも、この演習では
いずれ受講者たちと連句(歌仙)を巻くことになるのだが、
春秋三句連続、花月の座などといった約束事の多い歌仙とともに
もうひとつ現代的に、一行詩をみなで付け回したいともかんがえていて、
それで無季自由律を紹介しようとおもいたったのだった。

プリントは、尾崎放哉『小豆島にて』と
加藤郁乎『えくとぷらすま』から僕がベスト選句したものを配布した
(うち、放哉パートのみ、この文書の末尾にペーストしておきます)。

上はそののちした「無季自由律句を」という受講生への要請にたいし
僕自身が応えてみせた15句。
何か僕の詩法がバレるようだなあ。
というのも各一行詩が
僕の詩篇からの任意の抜き出しのようでしょ

受講生の句作もぼちぼち軌道に乗り出した。
そのなかで端倪すべからざる才能と僕が目しているのが
モグリ聴講の佐藤瞳。
前回提出された五句中二句を掲げてみよう。

残菊や飯のまづいにかかはらず

曼珠沙華咲くも枯れるも破瓜と見ゆ

一句めは芭蕉《あさかほにわれは飯食ふ男かな》の換骨奪胎だろう。
二句めの、天性の不吉な調べはどうだろう。
こういう句が偶成してくるようにみえるから
俳句がらみの演習がおもしろい。



【尾崎放哉『小豆島にて』より】

眼の前魚がとんで見せる島の夕陽に来て居る

さはにある髪をすき居る月夜

すばらしい乳房だ蚊が居る

足のうら洗へば白くなる

蛍光らない堅くなつてゐる

わが顔があつた小さい鏡買うてもどる

すさまじく蚊がなく夜の痩せたからだが一つ

夜更けの麦粉が畳にこぼれた

髪の美しさもてあまして居る

秋風の石が子を産む話

風音ばかりのなかの水汲む

少し病む児に金魚買うてやる

風吹く家のまはり花無し

木槿の花がおしまひになつて風吹く

追つかけて追ひ付いた風の中

切られる花を病人見てゐる

乞食日の丸の旗の風ろしきもつ

木槿一日うなづいて居て暮れた

葬式のもどりを少し濡れて来た

朝靄豚が出て来る人が出て来る

迷つて来たまんまの犬で居る

已に秋の山山となり机に迫り来

淋しきままに熱さめて居り

火の無い火鉢が見えている寝床だ

淋しい寝る本がない

月夜風ある一人咳して

一つ二つ蛍見てたづぬる家

爪切つたゆびが十本ある

秋日さす石の上に脊の児を下ろす

浮草風に小さい花咲かせ

障子の穴から覗いて見ても留守である

入れ物が無い両手で受ける

口あけぬ蜆死んでゐる

咳をしても一人

とんぼの尾をつまみそこねた

墓地からもどつて来ても一人

恋心四十にして穂芒

雪の頭巾の眼を知つてる

麦まいてしまひ風吹く日ばかり

となりにも雨の葱畑

雨萩に降りて流れ

とつぷりと暮れて足を洗つて居る

海凪げる日の大河を入れる

わが家の冬木二三本

墓原花無きこのごろ

山火事の北国の大空

月夜の葦が折れとる

墓のうらに廻る

夕空見てから夜食の箸とる

ひそかに波よせ明けてゐる

冬木の窓があちこちあいてる

窓あけた笑ひ顔だ

風吹く道のめくら

山風山を下りんとす

舟をからつぽにして上つてしまつた

小さい島に住み島の雪

一日雪ふるとなりをもつ

雨の中泥手を洗ふ

枯枝ほきほき折るによし

渚白い足出し

霜とけ鳥光る

肉がやせて来る太い骨である

一つの湯呑を置いてむせてゐる

すつかり病人になつて柳の糸が吹かれる

春の山のうしろから煙が出だした
 
 

スポンサーサイト



2009年10月11日 現代詩 トラックバック(0) コメント(1)

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2011年06月23日 編集












管理者にだけ公開する