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先生と生徒 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

先生と生徒のページです。

先生と生徒

 
 
鉄路とは永久のつうろよ眠り寝て



木犀の粉散り女男〔めを〕の不能散る



天下透くそこひの秋やあふぎ棄つ



兄丸もおとうとまるも檻の秋



水澄むを地軸訪ねる眼へまねく



外套の季となり涸井抱き容るる



翔ぶ百舌も油滴のごとし夕焼かな



秋花火無象の無垢の消ゆるまで



をみなとは気の置きどころ初紅葉



花野朝みちくる水に花消えて



萩刈りて諦観銀の世を納む



酸橘〔すだち〕射し一死魚の眼の恍惚す



胡桃から音の予感の秋集む



蜉蝣や流水に分身産みて



たれ蒔きし約束のたね一星河




日記記載にやや間があいた。
近況報告。

13日(火)、東京新聞書評用の
『カワイイパラダイムデザイン研究』(真壁智治)読了。
字の詰まった、実際は圧倒的な大著だった。
四方田犬彦『「かわいい」論』(ちくま新書)を類推されるかもしれないが、
少女的想像力、少女的メディア性の遥か先をゆく考察集。
つまり権威性と質量性を分散し、
身体と対話可能な音楽性をデザインするには
具体的にどんな方途があるかを説く美学書だった。

天心『茶の本』、谷崎『陰翳礼讃』、
足穂『少年愛の美学』、九鬼『「いき」の構造』、
中井正一『委員会の論理』、松岡正剛『フラジャイル』、
四方田犬彦『摩滅の譜』など
こういう美学転換の書を日本人が書くことはある。
しかしこれは建築家とそのゼミ生(女子)のコラボ。
うらやましいことだ。
書店では建築書コーナーにあるとおもう。

中途半端な時間に読み終わって
ただちに書評執筆とならず
残りの午後は立教文芸思想専修サイトのための
僕のインタビューの赤字入れをした。
インタビュアーは僕の生徒数人。
取材時には研究室に見物も鈴なりだった。

校正は紙を貼りあわせて引き出し直しが満開状態、
女房が僕の狂気に驚倒していた。
たしかにプルーストの校正紙みたいだ(笑)。

14日(水):午前中グダグダ。
しかし昼すぎ上記本書評を一気に仕上げてしまう。
東京新聞の書評スペースは11字×90行。
難しい用語はつかえない。
僕はそれと
その手の原稿では接続詞をつかわないようにしている。
そのために各文の順番が練られ、
すべて順接で展開が進められなければならない。
そうしないと字数を食って、かつ論旨の透明も阻害されるのだ。
接続詞の字数だって勿体ない。

説明に手間の要する本だとおもったが
書評はあっさりと書けてしまう。
情報の散らしに一種の暗喩性を機能させえたためだ。
これも実はわかりやすさのコツ。
女房にも担当の大日方さんにも
「読みたい/買いたい気にさせる」書評、と褒められる。
今月25日の朝刊に掲載される。よろしければ

以後、読書モードへ。まず読んだのが『粟津潔*8夜快談集』。
司会・編集・後記と、榎本了壱さんが大活躍する本だ。
「先生」と粟津さんを呼ぶ榎本さんがまぶしい。
80年代の最良の気風が、この本から伝わってきた。
この本を買い置いていたのが記憶に蘇ったのは
こないだの日曜、「日曜美術館」で横尾忠則を見たため。

15日(木):読書モードの続行。
大辻隆弘さんから寄贈いただいていた
大辻さん、吉川宏志さんの共著『対峙と対話』をまず読了。
お二方により提示される、短歌での「読み」の峻厳さに襟を正す。
一個だけ具体例を。
寺山修司のよく知られた歌に次がある。

海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり

この「両手」の「ひろげ」を
僕はずっと直前に迫った海へ行こうとする少女を阻止する
一種の「通せんぼ」の動作だと信じて疑わなかった。
しかしこの読解は少数派らしい。
実際は、海の大きさを少女に伝えるため
その無限を腕をひろげてしめす動作だという読解が多いのだとか。
考えもしなかった。
ただしこの指摘は大辻さんの書いたものからの孫引。
最初の提議者は花山周子さんという女性歌人だ。

『対峙と対話』は実際は「論争」原稿を数多く含んでいて
読中の印象がかなり重く、緊張する。
もともとこれは大辻/吉川両氏が
青磁社HPに毎週(ひとりの水準でいえば隔週)書いていったコラムの集成で
このネット上という媒体特質がポレミックな展開を呼んだのではないか。
それでもラスト、相互への深謝が清清しい。
大辻さんが吉川さんの十歳年長だ。

つづいて加藤郁乎『俳の山なみ』を読了。ただ襟を正した。
加藤郁乎が学恩をつづる礼節は、連打されると感涙にも導かれる。

その『俳の山なみ』から
初めて知ったときから
生涯忘れられないだろう一句を転記。

夕立の中に夕立つ夕立かな
安藤和風

さらに送られてきていた個人誌も読んだ。
長田典子さんの『KO.KO.DAYS』、金井雄二さんの『独合点』。
金井さんのものにいたっては百号め。
僕は同人誌否定論者だが、個人誌というのは可能性があるとおもう。

このかん、詩集の礼状が続々届く。
さきに書いた広瀬大志さんのほか、
とくに金石稔さん、井川博年さん、松岡政則さんのものが
やさしく心を包み込む。
そして、みなが一様に、詩集の物量に敬意を表してくれる。
幸福を感じた。

上の15句は、今回の日記をたんに近況報告にしないための句作披露。
とりわけ一句めは僕のかつての「生徒」明道聡子さんの
誕生日に際しての感慨をつづった日記内容を戴いた。
連作ではそのまえにつくった無季自由律の毒消しをしようとも心がけた。

そういえば演習学生の無季自由律がまだメールに届かないなあ。
 
 

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2009年10月16日 日記 トラックバック(1) コメント(2)

お忙しいなか、読んでいただき、ありがとうございました♪

2009年10月16日 長田典子 URL 編集

長田さん、具体的内容に触れずじまいでごめんなさい。

ぺこ ぽん ぱこ ぽん・・
とリズミカルな身体音から始まって
小学生の女の子に擬制された詩の主体の
日常性の冒険がはじまる。

その意味では『地下鉄のザジ』のようでもあるけれど
これが長田さん自身の懐旧なのか判然としないから
詩の根幹には不安定性があって
それこそが詩のリズムを豊饒にしているとおもいました。

きらきらとエロチックなイメージが翻る。
というか性犯罪的にヤバイ成行にまで
ラストが近づく。

素晴らしかったです

2009年10月17日 阿部嘉昭 URL 編集












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少年愛の美学 17 (17)

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2009年11月29日 ロドリゲスインテリーン