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空のなかを空が奔る ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

空のなかを空が奔るのページです。

空のなかを空が奔る

 
 
【空のなかを空が奔る】


九月尽を経て
地上も迅速になった
その透明国をあきつがわたり
牧牛は立ち寝しつつ
気配の傷を負う
樹々も空へ離れようとする

それ自体が祷りであって
天心に墜落してゆくもの
落葉のまえのそんな気配に
だれかの銀のものかげも
さみしさとして加わる
ふみいれた地帯に
自分をしばろうとして
みるくが足許にこぼされる
そのみるくもとほいしろがね

あらゆる目的地の
フェルナンデスのくぼみ
おもかげの空空しさ
けれどまなざしも姿どうよう
つづいてゆかないだろう
ゆうがたには
空のなかを空が奔る




昨日は在宅仕事の女房に
パソコンを独占されて
僕は読書三昧となった。

まずは文月悠光さんの
『適切な世界の適切ならざる私』を読む。

学校関係の語彙が多い。
「学校へ行っている少女」の詩だ。
真率。モチベーションがある。
それをじかに出すまいと言葉が格闘し
詩的修辞が次々に「勃発」してゆく。
渦から渦へ「読み」が進む快感をおぼえた。

をんなのこのうぶげはうづまいてゐる

十代詩人ということで
やがて彼女を久谷雉がそうだったような
伝説がとりまくかもしれない。

次、公刊後だいぶ経過していて恥しいが
詩手帖増刊『塚本邦雄の宇宙』を読む。
ものすごいボリュームだ。

紙面では年代をさまざまな水準で追える。
それで塚本邦雄から脱却することで
自分の詩作がはじまったのだなあと
改めて確認もした。

あの絢爛たる語彙や詩的断定に
以前は身体リズムを切断されていて
自分の詩に流動性が生じていなかった。

それに気づいたのが80年代初頭。
だから実際は「詩手帖」をひもといたり
西脇や吉岡や石原や堀川の詩を読むよりも
塚本だけが自分の詩作の是非に
影響をあたえていたことになる。
そう、正負双方の方向性で。

以後、頓着なく詩作をやめ
20年以上が経ってから
それが自然再開された。
岡井隆の伏流がからだのなかで
ゆっくり生気を得ていったのではないか。

それとたぶん詩という枠組のなかでなら
今後、自分の衰弱をしるしていい
――そうも判断したのだとおもう。
評論とちがう立脚。

黒瀬珂瀾さんから
塚本の最晩年の様子を以前聴いたときは
息を飲んだが
この『塚本邦雄の宇宙』には
息子・青史さんの論考のみならず
多くのひとの論考にその惨状が書かれている。

青史さんにしても
最晩年の未刊(最終)歌集として予定されていた
「神変」の出版断念を
「玲瓏」を主体にした信奉者以外にも告げるため
事実を明らかにせざるをえなかったのだろう。

短歌中の自他新旧のフレーズの区別がつかなくなり
それをパッチワークしただけのものを
自らのオリジナル作歌と錯視してしまうこと。
塚本は最晩年、場合によっては至福ともいえる、
そういう「朦朧」のなかにいた。
「詩歌玲瓏」ならぬ「詩歌朦朧」。

あの超絶的記憶力は箍をはずされれば
とうぜんそういう悪作用をするだろう。

しかしこの塚本の思考力低下(無化)は
塚本の作歌の質も問わず語りしている。
つまり塚本の歌はフレーズの取り合わせによっていた。
それは三十一音を上から下に橋渡しする
情の一貫性ではなかった、ということだ。

塚本さんというか、
その才能の質の悲哀が胸に迫った。

その前、80年代半ば、広島・呉で
自分の初学時代を回顧した彼の公演記録があった。
その口吻の謙虚さには感動した。

しかし彼はなぜいつも「選別」について
あんなに宣言口調をとらなければならなかったのか
(意外にそこで蓮実重彦との共通性をおもわせる)。
そういう振舞いが
淋しさの質にかかわっているのも確かだ。

岡井隆にはこの愚挙がない。
僕も慎もう。



平川綾真智さんが
「文学極道」に拙詩集『頬杖のつきかた』の
「熱すぎる」紹介を書いてくれた。
読中読後の感触がとても動態的に掴まれていて
こそばゆかったが、頭も下がった。
のぞいていただけると嬉しい。以下。
http://bungoku.jp/fbbs/viewtopic.php?t=399&highlight=



学校では班をつくりいよいよ連句の興行がはじまった。
たくろーくん、メーリス作成ごくろうさま。

月曜日の林檎授業では「月に負け犬」を
ミスチル「イノセント・ワールド」のアンサーソングとする
説を出した。
絶望と希望をないまぜにし
そのことで歌詞の一行一行から具体性を消してゆく
Jポップの歌詞づくり一般が批判されている、とも。

逆にいうと林檎は絶望と希望を精確に腑分けすることで
その双方をリアリスティックに担保する。
だから歌がそのまま膚接して「ぼくらの生」に関与するのだ。
「月に負け犬」は「僕」の精神状態を高い抽象性で唄いつつ
同時に夜明け前の川沿いのジョギングを描写している。

その後は「本能」をかけ、
あとはセックス・ソングのオンパレード分析となった。
ほかにかけたのは
・ ナンバガ「SASU YOU」
・ パラガ「暗い夜」
・ バック・ホーン「プラトニックファズ」
・ 三村京子「岸辺のうた」
性の多義性、社会性、主体/客体変化について話した。

授業後、研究室に生徒が
三村『東京では少女歌手なんて』を買いにきたのが嬉しかった
 
 

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2009年10月28日 現代詩 トラックバック(0) コメント(1)

塚本邦雄の序数歌集は
第七歌集『星餐図』から第十七歌集『波瀾』までを
たしか所持していたとおもう
(とうぜん『蒼鬱境』はないけれども)。

新刊本としてはじめて買ったのが
僕の大学時代、第十歌集『されど遊星』からで
それ以後の歌集は新刊購入、
それ以前の歌集が古本購入だった。

菱川善夫選・塚本代表500首をみると
その『されど遊星』あたりから
作歌それ自体についての歌が登場し
以後、相当高い割合で
同様の主題が間歇してゆくことになる。

そのなかでは『されど遊星』の、

歌なすはこころの疫病〔えやみ〕遊星にきぞ群青の水涸れにけり

が新鮮だったということもあり印象がとくにつよい。

しかし「作歌についての歌」というのは
じつはすごく異様なことではないか。
「詩作についての詩篇」の
数少なさについて考えてみればわかる。

塚本が具体的表現「対象」をうしなって
作歌自体を主題にしうると考えたのは
当事者性が確保されているのが自明なゆえ
それを具体的題材だと錯覚したためだろう。

だがそれが偽りだということは
冷静になればすぐにわかる。
かといって「書くことについて書くこと」といった
フランス現代思想につうじてゆく
メタ思考についても塚本は無縁だったとおもう。

それでふとおもった、
「生き事」第五号に所載されている
松下育男さんの「初心者のための詩の書き方」を。
「詩作についての詩篇集」なのだが、
塚本邦雄のロマン化とはまったく別水準で
熾烈きわまりないのだった。

最初にこの詩篇シリーズを知ったときからは
散文系詩篇〔?〕などが書き足され挿入され
書き方指南詩篇の序数番号にも変化が生じている。
その新規部分の挿入によって
詩篇の進行自体が乱反射するようになった。

当初は「好きなことは書いてはいけない」といった託宣に
半ば賛同しつつ
逆言も可能な点から
詩句の恣意性が咎められると考え、批判もした。

そういうゆらぎが、
挿入部分によって
「隙間を保ちつつ」磐石になった、とおもった。

やはり並大抵の構成力のひとではない。
「言葉が剥ける感じ」という実感的直感のすごさ!

塚本邦雄は「組み変える」ことを考えたとおもう。
ただ松下育男のようにではなかった。

以下、引用(「5」部分)

きみの部屋には
外につながった窓が
ある

たとえばその 窓と
窓の外の海を
組み変える

その動きを
想像してみるんだ

海が いっきに
開け放たれる

あるいは
窓がはるかむこうで 窓の外へ
くりかえし
打ち寄せている

2009年10月28日 阿部嘉昭 URL 編集












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