橋の図鑑
【橋の図鑑】
道がなく橋だけのある
葦や「悪し」の一帯で
私は全身を世界の疲労にとかして
千やそこらの橋をゆく
時間がいつかはわからない
上こそを水の通る四万十の沈下橋や
大水で壊れた大井の木橋、
V字に崩落した酒匂の橋
それでも橋に橋がただつながって
歩くここらが、変にもどかしく
茶色い虹がつたえて、
カフカの金属的な肉声が響く
ほ 牛腸さんの声に似ているな
《私は橋だった 寝返りを打った
私はバラバラになり 刺しつらぬかれた》
保田さんの重厚な咳払い後なら
《さ丹塗りの大橋の上ゆ
くれなゐの赤裳すそひき》
ジンメルの細心なら
《扉はそこから踏み出るとき
橋が与えてくれるような安定感を奪う》
ならば橋が扉の連続状になっている
いずれにせよウォタールーでもみられるものは
いつも《眠るまぎわの 夕焼けに近いもの》だ
少年のように私は人などみていない
象なしでも象の背中が通るから
橋だけを綴ったここには
さんぼん縦線のあの字ももはやない
濡れていて涸れているそこらを歩きまわったあと
立ち方によっては 私が端だろう