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会田誠と山口晃 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

会田誠と山口晃のページです。

会田誠と山口晃



日記風に――。
昨日日曜(6/10)は女房と上野の森美術館に
「アートで候。会田誠 山口晃展」を見に行った。
盛況。とりわけ若い「女子」が多い。
とうぜん現役美大生などもいるのだろうが、
「サブカル好き」「感度良好の」女子高生が多い、とおもった。
絵を見ながら小声できゃあきゃあいっていて、
おっさんとしてはその反応も「鑑賞」要素になってしまう(笑)。

チラシではこの二人にたいし
「現代アートのツートップ」という惹句を掲げている。
両者は10年前の「こたつ展」で
会田が芸大の後輩・山口を招聘してからの共闘関係。
共闘のポイントは4つだ。
・ 現代美術とサブカル文脈に通底孔を結んだ。
・日本画を表現の出自とする点は基本的に継続する
・ そのかぎりで反・芸大=反アカデミズム=反・銀座画廊である。
・ 同時に二人の表現は村上隆「スーパーフラット」のような
同型反復には陥っていない。

この最後の指摘が重要だとおもう。
アメリカでその絵画が法外な値で売れるようになった村上には
実は濃厚に「代理店の匂い」がする
(80年代ならこの匂いを浅田彰や坂本龍一がもっていた)。
この代理店の匂いは、現在の文化文脈なら
村上隆―東浩紀―伊藤剛のラインでまとめてもいいだろう
(東の言及対象はいつも「中心代表」的――
だから彼は村上一個を論じることで
現代美術を語りきった演技を演じてしまう――
その彼の視野にはたとえば会田も山口も一切入っていない)。

対して、会田と山口の両者は可笑性が当然だとして、
会田のオナニスト的侘しさ、山口の「こつこつ感」ともに
実は「商売」への転位が効かない面をもつ。
たとえばどんな判型で彼らの絵が複製印刷されるべきかで
もうブレや不可能性が出来してしまう。
会田と村上の差異についてはもう一点ある。
会田はおたくに対し欲望の対象をつくりあげるが
村上はおたくに鈍い脅威、居心地の悪さをあたえるということ。



僕は拙著『少女機械考』で会田誠を、かなりの字数を使い論じた。
ポイントは「基底材」の変化によって
そのうえに乗せる欲望の対象「少女」が
会田誠のアートでは相即的に変化を蒙るということ。
少女の可食性/細部幻想性といったヤバイ妄想にも誘うが
最終的には会田の少女は目出度い「増殖」をかたどってしまう。
この認識あって会田の少女は
イコンであってそうではない、という二律背反を生きはじめる。

同時に、会田のアートでは少女をイデアとした
作者側からのメタストーリーがアートの表出に二重化される。
図像的欲望の出所を平易に示しこれが可笑要素となる。
密教ではなく顕教。
会田アートはその意味で美少女マニアの鏡=鑑となるのだが、
逆に村上アートはその意味では像=欲望を歪形させる不整合な鏡で
おたくたちの欲望の質は抽象として鑑賞者に残酷に突き返される。

美術展の通路の終わりにショップがあって、
そこには会田の美少女絵を表紙につかった
澁澤龍彦訳のサド翻訳本が並んでいた。
ならば裸体少女を切断=攪拌機に大量に詰め、
その美学的な大量殺戮の「前夜」を見事な動勢で大絵画にした
会田『ジューサーミキサー』を表紙につかい、
集中の一篇は異様に「濃い」会田誠論が収録されている
阿部嘉昭『少女機械考』がなぜショップに並べられていない?
(会田誠当人は、僕にじかに
「僕は阿部さんの考えてるほどの確信犯じゃないですよ、
ただのバカです」と才人にしかいえない謙遜を語っていたが)。

だから駄目なんだ、彩流社。
彩流社刊『少女機械考』は僕の著作中、最も売れなかった本だ。
理由は、同社には営業がいない、という
その不思議な(笑)会社組織のせいだった。
この本の売行き不出来が、06年の僕の刊行的不調に直結した。
もうあんな本の出し方はしない。



話を戻す。

会田誠の絵はその号数のバカでかさがそのまま笑いの要素となる。
作品の存在を視認し一瞬にして哄笑が鑑賞者の躯から爆発する感覚。
対して山口の絵巻物構図を流用した細密画では
鑑賞者はその細部を見極めようと
絵の前で最大限の緩慢さで横移動を繰り返してゆく。
会田の絵の大方が離れて見られるのにたいし、
山口晃の絵の前では来場者が蟻のように蟠る。
山口の細密画力がとうぜんそうした鑑賞方法を誘引している。

細部の「代入」「転換」「転位」それゆえの「悪意」が山口の紋章。
江戸人の集合らしき「全体」を鳥瞰構図で繰り出しながら
その細部には現在の土建屋や政治屋やIT屋が紛れこむ。
人のいるべき位置には特権的に「骸骨」の姿も狩り出される。
その「骸骨」は時に機械操作性を不気味に連接されてもいる。

笑ったのが「東京図」シリーズ。
東京駅から皇居、六本木、渋谷を大鳥瞰した絵巻型、
横位置の軸として描かれたその絵は、
富士山が二つ、無気味な軍事施設が細部の其処此処に「侵入」し、
かつ東京駅も「109」もすべてみなその形象が怪しげ。
つまり絵は東京景物のフェイクで埋め尽くされながら
「同時に」東京の高度な表象なのだった。
幾つかの絵では建築中の六本木ヒルズへの悪意が明瞭に見て取れる。
山口の非代理店的性格を物語って余りあるものだ。

山口は細密線の天才なのだが、
それは彼の偏執狂的機械性ととうぜん隣接する。
展示された絵の創作方法が示されたひとつのコーナー。
カーボン紙によって絵の一つの着想がまず4倍に転写される。
その絵に山口はさらに自分の画筆を組みこむのだが、
彼は4つの絵への加筆を一つの動作でおこなおうとする。
このとき発明されたのが、一種の「並行動作機」。
山口の書画行為は横板で結ばれた他の筆も反復してゆく。
ところがそれは完全ではない。かすれや揺れが生ずる。
だから、結果的に4つのヴァージョンは不完全な偏差を象る。
というか山口にあって機械は不完全性を生産するものなのだろう。
反面、「鏡」は完全反復を画策する。実地にご確認あれ。



この二人展覧会は恐らく昨年には開催が決定していたのだろう。
二人はたぶん「必死こいた」(笑)。
結果、作品の年度表示に「2007年」が連続する。
つまり新作目白押しの「お得」感が漲っていたのだった。
会田にかんしては
畑にヴィトンバッグが「生り」、それを農夫が収獲して
「豊作じゃー!!」と歓呼を上げる『ヴィトン』も衝撃的だったが
やはり滝にスクール水着の美少女小学生を名札つきで数々配した
縦4メートル以上、横2メートル半の『滝の絵』が圧巻だった。
一時期、「滝」をモチーフにした横尾忠則への同調か反感か。
会田の代表作『大山椒魚』と同じく
存在できない場所にこそ少女が増殖する、という主題。

現在のスクール水着はその下半身部が二重化されているらしい。
それで却って、膨らみが生じ股間のチラリズム事件を招く、とか。
「少女マニア」会田のスクール水着描写はこの機微を着実に伝える。
ただチラリズムは抑制されている。
女房がこの絵を前にしていたとき、
隣には女子高生たちがいて、この現在のスクール水着の
不安定な装着感を延々小声で語りあっていた、という。
僕はその場にいなかった。何という損をしたのであろう(笑)。

山口晃にも2007年新作が目白押しだったが
2006年の4幅の「四天王立像」シリーズに大衝撃を受けた。
そこでは仏性が女性性に転位され、リアルと装飾性が共存していた。



最後のショップで図録を買う。
笑ってしまったのは、訂正図版が一枚挿入されていたことだった。
会田の代表作、『あぜ道』が図録では左右逆版になっていて
正版の図像を開催者側がお詫びとともに挟み込んでいたのだった。
というか、少女の後頭部の髪の分け目と田圃の畦道とを
画面中央、一本線で繋いだ遠近法構図のこの絵は
もともと極度に構図がシンメトリー的だった。
このフェイク性の罠に図録編集者が落ちたのだった。
これは会田アートの一面を物語る逸話だろう。

ふと憶いだす。村上隆の絵が何かで紹介されたとき
それが上下逆版での掲載という事件を招いた。
だがこの冗談が自分の芸術の質を言い当てているとして
村上が逆版掲載を諒としてしまった。
東浩紀は『文芸環境論集L』でこの事件が
多視点だという以上に「視点が存在しない」
村上「スーパーフラット」の本質を暴露していた、としていた。
たしかに傾聴すべき意見だ。

ショップでは会田誠の表現を集大成した4800円の大判美術書、
『MONUMENT FOR NOTHING 会田誠』も買ってしまう。
これは大学の研究費枠での購入。



上野の森美術館の出口を出ると外は煙るような驟雨。
外気も冷え、「雨脚」がバケモノのように音を打ち鳴らし踊っている。
15分ほど雨宿りをして小降りになった瞬間に
この雨ではしょうがないや、と昼飯の場所を
近くの上野精養軒に振り変えた。
上野精養軒は昭和30年代生まれの東京っ子には憧れだったが、
食事をしてみると味もコストパフォーマンスもひどい。
恐らくは地方バスからの団体客を組み入れたことで
仕事が荒れているのだろう。

客席に俳優にして絵師の米倉斉加年がいた。
上野公園内美術館で同時開催中の
「ロシア絵画の神髄」か「ダ=ヴィンチ展」からの帰りか。
この俳優には、ここ10年程ずっと接していなかった。
躯を壊しているのかもしれないとおもっていたが、
血色がよく、だから演技も老けず、
目出度いことに相変わらず下手じゃないかという
嬉しい確認(笑)をつい先ごろした。

狭山のお茶農家、武田鉄矢と高畑淳子(大好き)の
夫婦の日常を描く今クールドラマ『夫婦道』。

「なぜか」その緩さにも拘わらずこのドラマをずっと見ているのは
脚本に古典的なシチュエーションコメディの骨法と
見事な反転の綾があるためだが、
先週そこに米倉は「手もみ茶の元・名人」、
しかも中気でとうとう「茶畑に花を咲かせてしまった」、
哀しい老人として出演していた。

周知のように茶は芽を摘む。
ということは茶の開花は茶摘を放棄した結果として現れる。
だからお茶農家にとって茶畑の開花は恥辱でしかない。
ところが武田夫婦の娘役、南海キャンディーズのしずちゃんは
その開花を長年の茶畑労働の大団円・祝言と見立て返した。
そのときの科白に不覚にも涙をこぼしてしまったのだった。
米倉はそのドラマの下支えを受け、
痴呆の兆しはじめた偏屈な老人を
生涯の名演に近いかたちで披露していた。



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2007年06月11日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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