酔芙蓉
【酔芙蓉】
遠くても離れていないことに
躯のなかの他者の基準がある
そう神谷バーで感じて
いざ酒で肌を桃色にした
若い女の面長の和風を賞玩した
(ショートカットだったな)
この女は今朝歩いてきた
酔芙蓉の農道をおもわせる、
そこからの距離を近いともおもわせる、
そんな望遠を身中に置いていた
古代音階を放つてのひらのにおい
(僕は開きすぎた酔芙蓉に
順に手をかざす奇異な行動をして
後ろをあるく女房に咎められた)
季節が巡り 巡りきる酸鼻に
かすかな存在だけが酩酊する。
「酔」の字を接頭辞された花ばなが
世界の輪郭を揺らす、(破線へと)
そんなふうにひらひら歩いて
崖から落ちるなよ、詩的なんぢ
肌若く、脳天が古い(遠くても
離れていない)玉川満が莞爾とする
おうよ そんな鷹揚を前に
赤尾兜子の句が憶いだせなくて
三十年もの遡行がまよう
数ヶ月前の鯉幟も眼底に揺れる
今年を釣ろうとする(今年なぞ釣れない)。
また沢下りする水学の授業だな
僕の撒餌も芭蕉の脇に投げられて
べつの水脈を流れに流すだろう