改行メモ ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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改行メモ

 
 
●改行とは発端から結末までの
架橋性を空間化し
詩の身体性に有機的責任を負うことだ。

●換言すると架橋性は
詩の内部構造の有機性の保証だから
必然的にそれは作者と読者との
二次的な架橋をも付帯する。

●閉塞的散文詩にとくにないのは
改行にともなうこの二次効果だろう。

●詩の作者は詩の権能が何かをかんがえ
万能であってはいけない。
無名性がもとめられるべきだ。
したがって改行とは世界の目を自らに織り込み
詩行をその現れどおりに複数化することにつうじ
だから改行によって作者は弱体的に
分裂(分立)するともいえる。
多声は必然なのだった。

●改行の功徳が身体の現前なのは無論で
そのうえでさらに
弱さが組織されなければならない。
一線でない分岐。付帯的な掠め。
それでも充ちたりない改行。カーヴの虚無。

●そんな改行がそれまであったのか。
詩脈形成がうつくしい改行ならば無尽にある。
あるいは自己内部性によって
弱さを屈折させてゆく分光的改行なら
たとえば吉岡実「楽園」にある。

●いずれにせよ詩の形成に本質的に関わり
なおも散文といっさい袂をわかつ改行は
文字のすべてが羽毛にならぬかぎり
詩の見果てぬ夢だろう。
それはたぶん言葉の天使状態や
植物状態として永遠化されるものだ。
和歌の黄金律をもたなかった詩は
しかしこの改行の鍵を探さなければならない。
そこでこそ天上の声が発声されるためだ。

●改行がわれわれの多くの民俗となるよう
改行をあわく白熱させること。




以上、あした書く原稿のメモ(かな?)。
少し前の日記、「自己連続性」につづくものでした
 
 

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2010年03月30日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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