湯浴みの唄 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

湯浴みの唄のページです。

湯浴みの唄

 
 
【湯浴みの唄】


ものすごい湯気だ、だが天井は
天体や穹のようにあって
からだはいわれぬものに吊られている。
サスペンダーズボンを履いた気分だ、
脂粉まみれの道化のよう。
湯船には自転車が泛び
廃棄されるものの経緯をつたえる。
髪を瀧となすよう湯を浴びに浴びて
脂やシラクサの記憶を洗いおとすとき
だれにも似ないものにまで身が構築されてゆく。
消えてなくなるためのこの再帰的動作は
自殺の演習なのだが、自転車を抱き
湯にからだを伸ばすかまえなら
死すべきからだから死ぬ個性も消える。
草湯。草のなかに身をひそめ熱い哀しい。
幼年になっている、全身が泣く、
浴身とはあらゆる意味で中途だろう。
その中途に名前のないことを
さらに湯浴みは朝ごとにあらう。
来光、湯にいなくなってゆく。
 
 


三村京子唄へる
杉本真維子作詞
「くつをとばせ」への
アンサーソング。
 
 

スポンサーサイト

2010年05月26日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












管理者にだけ公開する