庭 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

庭のページです。

 
 
【庭】


いくつかの木下闇とよばれる場所に
その木下闇じたいがすわるためというように
いくつかの椅子がたがいにとおくならべられていて
それらがみな架空のくろいひとかげを乗せそのない眼で
障子のあけはなたれたこちら夏の居間を覗いていて
おまけに木漏れ日のほうはむしろ居間のなかにおよんでいたので
部屋のなかで冊子をもってちいさくあるく自分の連続性を疑いながら
気配というものを幼年時そのように学び、眼は外へと凝らされたのだが
闇にしずむいくつかの椅子にすわるべきものはたとえば
空蝉のように事後のやるせないやさしさまでも帯びて
みつめる場所からいつも視線が返るという予感の法則に
なにか些細な不可逆性をつけくわえたようだった
一瞬前は一瞬後とちがうがこのあいだにも的中にあたるものがなく
眼はそうしてなにかのことばを読もうとくわだてながら
眼が息を呑むという言い回しが矛盾とおぼえても
気配が物神となって椅子から一斉にたちあがる破局を待っていると
ゆうがたゆえに凪いでいた空間がとつぜん風を起こし
暑さにうるむ漠然とした眼前を無慈悲にも斬って洞窟状を生み
庭のいちばん端にあるさるすべりからうすべにの花弁をこまかく流して
ようやくわたしの犬も流れに乗るように別の端から庭中央に踊りでて
その音楽の到来で幼年に現れるべき真の物神までの秒読みが消されてしまい
落下してくるものはすべからく秒速五センチであるべきという仮説すら
夕光とさるすべりの相乗のうつくしさから夢幻のように炎やしてしまったが
犬は静寂をやぶったみずからの狼藉に焼け焦げるわけでもなく椅子もただ溶け
むしろわたしは仮説というものが王に似て秒速形態ということまではわかり
そういう発見をした自分の眼だけをたしかにおもってまるで不思議にかんじた
 
 

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2010年08月24日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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