秋菓子 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

秋菓子のページです。

秋菓子

 
 
【秋菓子】


極大極小の相同のために
秋菓子がいかがか
そこを割るように川がながれ
めをつむってもたやすく
たべられるように配されている
とうめいになれたらぼくらは
手に秋菓子をもって
へやのすみでぶきようにだきあうのだろ
ぎんのしぶきのとおさはいかがか
それでもひとくちすれば
へやのすみがまっかになる
もえるような、という比喩は
そんなありえなさによこたわって
もみじであれ たびじであれ
遡上の血のあじをつたえる
この澄んだ気にあって
ちいささにおおきさをみるのは
血がながれているのだ
 
 

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2010年09月27日 現代詩 トラックバック(0) コメント(1)

昨日は女房とひさしぶりにウォーキングに行った。
行程は、

飯能→天覧山→高麗峠→巾着田→高麗川駅(八高線)

彼岸花は例年ならまさに
彼岸に不気味に咲き誇るのだが
今年は猛暑で開花が遅れ
まさに昨日が満開。

巾着田には五、六年まえに行ったはずなのだが
彼岸花の繁茂力がすさまじいのか、
群生地が格段とふえ、ショウアップも見事になった。
巾着田はやがて
吉野の桜のようなあつかいを受けるかもしれない。

ご苦労さんなのはマニアックな自然派カメラマンが
せまい通路に三脚まで立てて
懸命に彼岸花の群生を撮っているようす。

彼らは写真を撮っているのではなく撮らされている。
みな三脚を低くして
手前の彼岸花をアップで舐めて
向こうの赤の氾濫を遠見する構図を狙っているとわかる。
「撮らされる」写真ではなく、
「撮る」写真に気づいてこそたぶん撮影行為も出立するはず。

高麗川駅に行く途中で寄った
辰巳屋という蕎麦屋が旨かった。
新蕎麦だった。

高麗川というと吉増剛造の詩をおもいだすが、
べつに歌枕詣の感慨にふけるわけでもない。

天覧山にある能仁禅寺は名刹だった。
境内には青紅葉が林立していて
盛期には寺全体が赤くもえるだろう。

帰途、京王よみうりランドに立ち寄り、
馴染みの「中道園」で、もぎたての梨を買う。
新高梨のつつみと、あきづき梨のつつみ。

2010年09月27日 阿部嘉昭 URL 編集












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