きぎ ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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きぎ

 
 
13【きぎ】
阿部嘉昭


はちみつのにおいのするてのひらで
しかめつらをする木のひとをつかむと
てのひらにはまみずのなかがあらわれて
おもたいもののういてゆく画集の気がする
きみをあらわれる筆触として愛しているんだ
のべつのべつぼくにくりかえされるものとして
きみの川底をまいている水のうごきが好きなんだ
眼のなかのかいだん眼のなかのりぼんの逃げどころ
箱がじぶんにあるのか相手にあるのかわからないまま
きき金木犀ぎぎ銀木犀のきぎが眼のなかに濃淡をつくり
とおいものとちかいものを一緒にみては消える自らもいる
てはてはてはみぎとひだりのかさなりのようなわけにゆかず
ぼくはおりかえし地点きみにちかづく自らのあゆみへ折られる




とまあ、ふだん軽蔑している幾何学形詩篇を
連詩のながれのなかでついいま書いてしまう。
まあ、ミクシィの画面ではそうはみえないかもしれないが
詩行は一字ずつ字数がふえるかたちで進展している。

詩篇の主体は「熊」、
対象は「秋鮭」のつもりだが
どう読まれてもべつにかまわない。

幾何学形詩篇のなにがはずかしいのか。

「書く意志」「工夫の意志」が前面にですぎて
修辞(たとえばひらがなと漢字の配分/
たとえば助詞省略の有無)がどこかで人為的になりすぎ
しかも詩篇は絵画ではないのだから
べつだんそれが幾何学美を強調されても意味のないこと
その大前提が幸福に忘れられている能天気も感知される。

往年の塚本邦雄の菱形三首配置短歌なんかがそうだね

で、幾何学形詩篇でその幾何学美を仮に実現しながら
同時にその外装を自己愚弄するためには
音律が内部から外装を押し上げ、
外装がヤバいきしみをたてるのでなくてはならない。
しかも「字数」調整箇所を意図的にあらわにするような
悪意だって必要なのではないのか。

幾何学美詩篇を信じないために、
そこに幾何学的外装を導入する・・・

たとえば改行詩を書いていて
ふと各行の字数が五行くらいそろってしまい、
行尾のぎざぎざがなくなって
ツルっとしまうことだってあるだろう。
意図なんかしていなかったのに
意図をかぎつけられるようでこれはすごく気持悪い。

そんなときどうするか。
ぼくならば詩行を壊し
ぎざぎざを復活させてしまうね。
そうすることすら詩作の目的のひとつのような気もする。



昨日は秋葉原クラブグッドマンのライヴに行った。
練達なアコギ弾き語りの三連打があった。
oono yuuki、三村京子、長谷川健一。
oonoくんと三村さんは早稲田二文つながり
(oonoさんは僕の二文のJポップ講義にもぐったことがあるという)、
三村さんと長谷川さんは船戸博史さんつながり、
と、同心円/平行円のような構造だった。

おまけにライヴ終了後の飲み屋では
長谷川・三村・阿部の面子に
Pヴァインで働いている早稲田法学部卒業生と
三村さんの助っ人で坊さん修行をしている
早稲田二文卒業の大中くんがくわわった。
飲み会の面子はみんな僕の活動を具体的に知っている。

大好きな長谷川さんの話でおもしろかったのは
現在、30代半ばの歌手には
フォーク体験のないままアコギ弾き語りをやっているひとが
長谷川さんを筆頭にいる、ということだった。

長谷川さんは大学のときはコピーバンドのギタリストで、
オアシスやミッシェル・ガン(!)が守備範囲だったのだという。
それが活動のしやすさからアコギをもち
それで自分の歌を今世紀にはいったあたりから唄いはじめる。

そのとき歌の根拠になったのは
カーティス・メンフィールドなどのソウル、
さらにはヨーロッパ近世などの雑多な音楽だったが
その台帳にフォークの名が記載されていないのがおもしろい。

(逆に三村京子の最初の自己形成期は
Jポップ好きで通されたが、同時にご両親の影響で
70年前後のフォークブームにも免疫があった。
つまり長谷川さんとの年齢差は
Jポップとフォークの両面に現れた、ということになる)

昨日は最初のバンド、宇宙遊泳もふくめ、
みな良いライヴ演奏だったとおもう。
ただし、気がつくのは、
「男子」の声がほぼみな透明なファルセットで、
しかもそこに粘着性がない。

だから町の風景を通過する自分のさみしさが
蒼白できれいな画柄として
胸を打つように真摯に現象されてゆく。
そういう世界の一貫性がある。

三村さんの音楽だけに、そういう一貫性に
楔を打ち込む倒錯性がある。
それというのも、声も歌唱も歌詞もギターも
一色ではないからかもしれない。

ともあれ飲み会の終わり、
三村さんは長谷川さんから
歌手の身体管理の具体的方法を訊いていた
 
 

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2010年10月10日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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