沈下する家 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

沈下する家のページです。

沈下する家

 
 
【沈下する家】


沈下する家はそのめぐりにあった土を浮上させて、みずからのかつ
ての場にもようやく葉をあつめさせる。あつめられたかたちはしぜ
んと渦をまき音の陥没までしめすから、それは家の消滅ともしずか
さに準って釣りあうはずで、では家にあった窓が沈下の日々に周囲
のなにをみたかということが想像となるだろう。没落に献花をおこ
なう、なつかしい訪問者だろうか。忘却そのものを発話の過程でみ
るということだってしばしばおこるが、ここでは窓の背後の眷属が
いかなる忍辱をおぼえたかがきれいに閑却される。なぜなら地面に
ひらくかたちで置かれた花柄の傘がそのまま地面に還るとき地中に
も雨がふる、というのは、体温をともなった人間的類推にすぎず、
ほんとうは土へのしたしみというか礼節を欠くためだ。内部的宇宙
を気孔だらけの鉱物性としてもつ土にたいして、たかさはおのずと
ほろびる。結晶は推移して、組成のより自在なものに席をゆずり、
このかぎりで冷蔵庫とか椅子とか飼犬とかの人間的調度品も脳裡に
並列されるカタログにすぎなくなる。そんなものはなかったといっ
ていい。だとすれば家にあったはずの階段がアコーディオンの蛇腹
をおもわせてどのような平面へと圧縮されていったか、その想像だ
けに悲鳴と音楽をむすぶものがあるともいえるだろう。土を聴いた
わたしの一家は離散したが、そのおもいでの階段の一部にわたしが
いて、たれにも聴えない悲鳴をずっとあげていた。秋のことだった。
 
 

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2010年10月15日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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