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天安門、恋人たち ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

天安門、恋人たちのページです。

天安門、恋人たち

 
 
「図書新聞」にロウ・イエ監督、
『スプリング・フィーバー』評7枚を書くことがきまり、
昨日の夕方は監督の前作、『天安門、恋人たち』(06)をみていた。
曰くつきの作品。
というのも、タブーだった「天安門事件」を描写したことで
ロウ・イエは中国国内での映画撮影に以後、手ひどい制限を受けたためだ。

ロウ・イエ監督の劇場映画第一作『ふたりの人魚』は
フィルム・ノワールの歴史的一作『湖中の女』のように
全篇が主人公の位置にある一人称主観カメラで撮影される。
すなわち主人公の姿だけが作品内から除外される鉄則を貫く。

水への偏愛と、撮影設計のこのような厳格がまずロウ・イエの個性だとすると
『天安門、恋人たち』ではカメラはその前作『パープル・バタフライ』同様、
空間内を刺繍するように手持ちで分け入り、
縦構図で走りぬいてくる人物群を見わけて揺れ、「踊る」。
ヴィットリオ・ストラーロがベルトルッチ作品で定式化したカメラワークだ。
これは空間内に生起する事件性を、
観客が衝迫のうちに「見分ける」臨場感をとうぜんに生み出す。

ロウ・イエのもつ次の個性が何かというと、
人物たちの恋情成立もまた事件化され、
画面が息苦しい「恋の気分」に染め上げられるということだろう。
その出会いは何気ないが、決定的、不可逆の事件性を帯びる。
出会いという運命の大きさにたいし恋愛的人間の身体が卑小である点が
上述のカメラワークによってドキュメンタルにとらえられること以外に、
初発性にこそなぜか事後性の刻印が捺されてしまうような「突き放し」もある。

初ダンス、初キス、初セックスで男女のかたどる息の荒々しさが、
それら身体をさいなんでいる受難のようにみえる点に
ロウ・イエは緻密に分け入ってゆく。
この生態観察的な冷徹さが、
『天安門、恋人たち』のような色味を消した曇天撮影、夜間撮影にセットされて
人物たちは存在の歴史性を獲得するといっていい。

長い時間レンジ、空間も飛躍する集団恋愛劇なのだが、
ヒロイン、ユー・ホンを基軸にすると
舞台は88年、天安門事件前年の北朝鮮国境の地方都市からはじまる。
ヒロインに「通知」が舞い込む。北京の大学への合格決定の報。
ここで、「通知」が運命を超越した次元から個々人に達し、
ひとはそれに翻弄されるしかないという隠れた主題が滲む。

ユー・ホンは女子寮に入り、隣室のリー・ティーから紹介された
チョウ・ウェイと恋仲になる。
ダンス、キス、寮内での秘密裏のセックスという描写手順は前述したが、
ロウ・イエのもくろむセックス描写、
その運動神経が素晴らしい点が閑却されてはならない。

二段ベッドという空間の狭さのなかで
正常位を男の背中上から俯瞰気味にとらえ、
その背中によって乳房をはじめとした女の身体細部が消される。
女の顔は男の肩口に小さく親和的に収まるが、
その全身は男の体重につぶされそうにみえてあやうい。
いわば「病苦」のかたちで女は薄目をあけて悶えながら、
喘ぎを発していって、性愛行為が発作、あるいは受難だという認知が生じてゆく。

セックス描写がやがて頻繁になって、
そのユー・ホンの意外に豊満な胸や陰毛が画面に定着されると
女性身体がもつそのままの「痛ましさ」がさらに胸を打つことになる。

貧しい少女性の面影の宿るユー・ホンはそれでも多淫だ。
地方出身の出自をルックスのアンニュイと仕種の神秘性で隠しつつ
(彼女はチェーン・スモーカーだった)、
「たぶん」大学に入っても学業や将来に確定を見出せないことに苛立っている。

「たぶん」と書くのは、日常的会話が演技描写のうえで採取されるだけで、
人物の心情はその表情から忖度するしかないからだ。
むろんそこでは一人称ナレーションの音声も画面を縫うのだが、
地方出身、「秀才」のナレーションは詩的、どこかで韜晦的で、
実際はヒロインの心情を割り出す道具になるというよりも
どこかで画面にそのとき成立している「空気」を
より濃密に醸成することのほうに寄与している感触となる。

大学にはもう民主化要求のビラ、壁新聞がここかしこに貼られ、
夜間解放された教室では学生たちが所狭しと蝟集して
政治的議論に花を咲かせているようだが、それらは間接描写にとどまる。

ロウ・イエの主眼はそのときの北京の大学の空気を画面に転写すること、
そしてその環境で成立した愛の実質を問うことだろう。

愛の永続を、近代的自我の成立の代償として信じず、
チョウ・ウェイの本心を試すように
心理学教授と寝たと語るユー・ホンの自己放棄の質が、
彼女が慢性的に抱える腺病質の病めいたものと相俟って悲痛感をもたらす。

なにかに邁進しようとすると心情の冷淡が顔をだして
自分の行動に停止をかける。
自分にとっての「停止命令」の巣が、自分の身体になるという逆転。

ただし当時の中国の大学教育では、
このカフカ的不可能の意味は解明されないだろう。
ユー・ホンは「水のないプール」で
自分のからだを抱きしめることもない胎児型で
貧血発作だろうか、身体の不調をただやりすごすことしかできない。

やがて天安門事件勃発。軍事介入によって北京在・諸大学の学生たちは
痛ましい敗走をしいられてゆく。
当初のデモ参加の段階で一体的に高揚していた学生たちには
冷え冷えとする温度差が生じ、
その時点で「腐れ縁」だったユー・ホンとチョウ・ウェイに
決定的な亀裂を呼びだしたようだが、その詳細も描かれない。
闘争的学生がユー・ホン、日和見がチョウ・ウェイということでいいのだろうか。

結局、ユー・ホンの自己放棄癖が大学退学、一旦の帰郷を結果し、
大学にのこったチョウ・ウェイは、勢力復活した軍部の指導により
大学の授業時間に軍事訓練をしいられる屈辱にあまんじることとなり、
やがてこの抑圧を嫌い、ユー・ホンをかつて自らに紹介したリー・ティーとともに、
ベルリンに留学出奔することになる
(チョウ・ウェイはリー・ティーのステディにして
先にベルリンに留学していた男の親友だった)。

ヒーロー、ヒロインにたいして第三軸をなす
このリー・ティーの存在感もわすれられない。
たえずなびく長髪の華やかな、アート志向の風来坊少女といった感の彼女は、
なにか西洋性を既得して、中国的自我の近代化をクリアしてしまった風情だ。

彼女がユー・ホンに寄り添うようにいるときはレズビアンの雰囲気をただよわせ、
交友関係にも抑圧のないフーリエ主義を先駆的に実践しているようにもみえる。
それで天安門事件の抑圧のさなか、
ステディの親友にして親友ユー・ホンの恋人チョウ・ウェイと寝て、
これがユー・ホンの知るところともなり、
ユー・ホンの大学中退の一因を導きだした。

「民主化をもとめるわたしたちは自由を希求するのだから
性愛選択の自由だってとうぜんそこに付帯するはずなのに、
ユー・ホン、あなたはこの程度のことでなぜ傷ついたの?
愛など共有すればいいじゃないの」とでもいった
リー・ティーの言外のことばが画面から響いてくるような気もする。

ユー・ホンのその後の流離を度外視して先をしるせば、
リー・ティーは留学先、90年代のベルリンで
ステディ、さらにはチョウ・ウェイと愛の三角形をえがくかにおもわれた。
しかし理想的な愛情生活だったはずが、貧窮にさいなまれ、
結局は自我の自由化に失敗したのか、
あるときビルの屋上パーティのさなか、
前兆まったくなしに投身自殺を遂げてしまう。

ここで付記すれば、中国的「乱倫」論が
この作品の裏側に張り詰めているといえるだろう。
居住地が敵によりいつ蹂躙されるか知れたものではない中国では
『金瓶梅』などをもちださずとも、
民俗的に元来、性倫理意識がひくかったとおもう。

中国の大学が小平時代、文革の傷も癒え
共産党独裁から離れた「緩和」の精神で入学者を広範にもとめたとき
一挙に精神のポストモダン化がすすんだ
(たとえば外国文学の翻訳も急速に発展する)。
このとき「乱倫」もポストモダン的な生、
その遊戯性の「手段」となったのではないか。

ただしポストモダンの導入が急進的だったため、
結局、「乱倫」は当時の大学生にふかい傷跡をのこすことになる。
『天安門、恋人たち』は紛れもない「天安門事件後遺症」の映画だが、
ひとを傷つける役割を果たしたのは運動的敗北ではなく
むしろそのときのユートピックな性意識のほうだったのではないか。

それは「喫人」(魯迅「狂人日記」にしめされる因習)とおなじく
ただ中国人のからだに根深く巣食ったもので、
実際には解放と無縁だった。
同じものが、同じものに回帰しただけだった。
つまり「教養」など、人文に関係しない付け焼刃にすぎなかった。

「天安門」以後は経済成長を土台に
中国全体が功利主義に突き進むが、
民主化に向けて異議申立を敢行した学生世代には
その性にこそ傷跡がのこったと、
ロウ・イエは示唆しているのではないだろうか。

「愛は傷だ」という述懐は、作中ではリー・ティーがおこなった。
精確な引用ではないが、リー・ティーがかたったのはこんなことだ。

「愛の対象とは、愛しているという自覚をもつその対象自身ではなく、
その対象から受ける自らの心の傷のほうだ。
その心の傷がやがて癒えるとするなら、
愛の対象は最初から最後まで存在しなかったことになる。
愛は幻影だ」。

作品は人物布置に交差関係をつくりあげる。
このリー・ティーの託宣に最も支配を受けたのは
じつはリー・ティー自身ではなく
ヒロインのユー・ホンのほうだったとみえる。



民族的な「後遺症映画」が映画史にふかい足跡をのこすことがある。
70年代中期からのベトナム戦争後遺症映画のみならず、
日本ではたとえば『浮雲』を筆頭に大東亜戦争後遺症映画があった。
また韓国ではイ・チャンドン『ペパーミント・キャンディー』があった。
これは韓国90年代後半のバブル崩壊で人生を壊滅させた男が
どうしてそうなったかを80年代前半まで遡行的にえがくものだったが、
けっきょく判明するのは、作品が光州事件後遺症映画だったということだ。

ロウ・イエは、ジャ・ジャンクーと双璧ともいえる中国第六世代の監督。
先行する第五世代が文革体験を喩的に昇華した
シンプルな作品群でその映画キャリアを開始したとすると、
第六世代はまず文革後遺症的なディテールを、
作品の細部に滲ませることからはじめた。

第五世代は世代的には団塊世代で、たぶんほどこされた映画教育も教条的。
第六世代は日本でいうシラケ世代に相当し、
映画に多様に接することができるようになったその自己形成期によって
作風は「引用主義的」「映画記憶的」、もっといえば「オタク的」になる。
むろん日本のその世代のように政治意識が稀薄になることがない。
なにしろ、彼らが生きているのは、熾烈な中国社会なのだから。

だから文革後遺症にたいして
世代意識を先鋭化させるというその出発点からして
やがてロウ・イエのように天安門事件後遺症へと
その視野が移行してゆくのも当然だろう。

骨太の「後遺症映画」にはじつは骨法がある。
それは『浮雲』や、時制生起は逆順だが、
『ペパーミント・キャンディー』にも共通するものだ。

つまり民族的事件の推移にこそ人物が翻弄され、
時流に乗れない苦しみが描かれるとき、
民族的事件の推移が記憶台帳に記載済であることを条件に、
ごく単純にドラマのなかに参照されて、
結果、時制が狂奔的速度で飛躍しても
人物の心情がその国の歴史性によって付帯説明される、ということだ。

とうぜん人物は「一者」であっても大多数を代表する。
こうした枠組があるから飛躍が飛躍にならず、
むしろ民族的年代記をドラマが隠喩するようになる。

そこで流離の感覚だけが先鋭になってゆくとすると
技法上「時制の飛躍」は映画上に傷口をひらくことにこそ貢献する。
『天安門、恋人たち』は撮影設計上なら
手持ちカメラによる空間の刺繍が特色だったが、
話法上は時制と空間の飛躍にその特色があって、
それは「場所と年代のテロップ」によって単純にしめされた。

長い年代記として印象されるそうした作劇では俳優演出は
時間=歴史の垢が人物の肌にどう溜まり、
どのように惨たらしい加齢がしるされるかが眼目ともなるが、
ユー・ホンを演じたハオ・レイ、
チョウ・ウェイを演じたグオ・シャオドンともにこの点は見事だった。

90年代をベルリンにとどまって停滞した
リー・ティーとチョウ・ウェイに較べ、
天安門事件とそのときの性に傷を受けたユー・ホンは
その後、どこか神経質な腺病質ののこる大学中退の下層労働者として
中国の内陸中核都市を、まさしく逆倒した貴種として流離するようになる。
憶えきれないほど彼女のいる場所と時制が変わる。

図們から深圳、さらに武漢、重慶へと移り住みながら、
自己保身をかえりみない恋に落ちつつ、「同時に」自身の心の冷淡さにも気づく。
不倫、堕胎――彼女の心とからだには目にみえる傷も加算されてゆく。

たえず自分を巣食う不充足感は、彼女にとっては
いまだ往年のチョウ・ウェイが意中にあるからだと自覚されているが、
観客はロウ・イエの仕込んだ恋愛現象学を主体的に読まなければならない。
現状の不如意=過去からの傷という図式が成立するとして、
その傷がただチョウ・ウェイの形姿をしているから、
チョウ・ウェイが意中にあると錯覚されているだけなのではないか。
実際にユー・ホンにあるのは現実にまつわる不如意感と流離意識だろうし、
ということはもうチョウ・ウェイから受けた愛の刻印も溶け去った、
自分のからだだけがただ無名性としてそこにある、とかんがえたほうがいい。

リー・ティーが自殺して、ベルリンから去ったチョウ・ウェイは
重慶に、すなわち偶然、ユー・ホンの居住地にたどりつく。
当初、留学が目的だったはずのベルリン体験は
チョウ・ウェイにおいても実をむすばず、
彼は町の印刷屋の仕事にあまんじている。

ロウ・イエはたくみにふたりの再会時間を溜めて、
なにかの倦怠の意識によってというように、
ようやく再会シーンをドラマに刻むが
そこでこの作家が「すれちがい→真に出会うべき相手との再会」といった
メロドラマ主義を期待させながらそれを躱す、
実際はメロドラマへの加虐者だったとも判明するだろう。

再会の瞬間、もう時間の苦悩が刻まれているふたりは
キスを交わすが、セックスを躊躇する。
「酒がほしくなった」(なんと残酷な身体反応だ)とチョウ・ウェイがいい、
「買ってくる」とユー・ホンがいう。

ここから、それまで映画が残酷にしるしてきた大きな幅の「時制飛躍」が
ちいさな「時間経過」にすげかわる。
そこではチョウ・ウェイを映す同じ場所のカットが変わり、
すこし光が変化するだけだ。
ところがそれはやはり従前の「時制飛躍」同様の
「飛躍」の残酷を性質としてもっていた。

作中、最も「冷えた」その場面には水が参加していない。
チョウ・ウェイとユー・ホンの幸福時にあった水上のデート、
あるいは天安門危機のさなかの大雨のようには水がない。
あの水は抒情と受難の実質で、観客の心にも水をのこした。

ふたりの最終的な帰趨がどうなったのかは具体的に書かないが、
ただ散文的に乾いていて、そのことに戦慄が走ったとはしるしておこう。
あるいは、欠落がドラマツルギーの中心にそこで代位した、と。

映画は最後、字幕で人物たちの最終情報を列挙するが、
それもまた、シャワーのように画面をうるおすことがない。
ただ、エンドロールに召喚された人物たちの「過去の場面」だけが
まるで皮肉のような人工感でのみ、濡れていたのだった。
 
 

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2010年10月20日 日記 トラックバック(0) コメント(4)

「天安門」以後の流離時代に
ユー・ホンが自分の多淫の意味を述懐する
ナレーションがあって、
そういえばそれが泣けた。

わたしが他人に身をあずけることで
その他人は「いいもの」の領域を
知ることになる

とか、そのような意味のことが語られた。

アッとなる。
ここでの「いいもの」の用法が
魚喃キリコ「日曜日にカゼをひく」のそれと
おなじだったからだ。

ロウ・イエ監督はヨーロッパ的知性であるのみならず
日本のサブカルにも注意を払っていそうだが
魚喃マンガも読んでいたりしないだろうか

2010年10月20日 阿部嘉昭 URL 編集

中国の80年代、
小平の「改革解放」路線時代が
ポストモダンと定義されるかどうかは
微妙な問題だろう。

日本がポストモダンをようやく自覚していた時期に
「遅れていた」中国も
ポストモダンだったなんて矛盾だ、
とでもいった問題機制がたしかに生ずるだろう。

ただしポストモダンというのは
たぶん精神と経済の区分であって
政治区分ではない。
つまり一国内的ではない。
しかもそれは精確には歴史区分でもない、
というかんがえをぼくなどはもっていて、

下部構造の液状変化によって
下部構造が自体的に弾力化した結果、
下部構造→上部構造の弁証法的ダイナミズムが消え、
結果、「革命観」的歴史も消滅、
「ちいさな物語」だけが蔓延するようになって
差異注視とニヒリズムとメタ意識とポピュリズムと享楽性が
市場原理となる「経済/精神状態」
(つまり「時代」ではない)と
いまではいえるのではないか。

中国の歴史は共産党独裁国家らしく
弁証法的進展を自身にたしかに刻んでいる。
年代抜きにしるすと、

林彪事件→ニクソン訪中→周恩来・毛沢東死去→
文革終焉&五人組追放&小平復活→【改革解放路線→
映画に第五世代出現→天安門事件→】ソ連崩壊→香港返還
→北京五輪→尖閣衝突

この【 】内が80年代で、
実際は歴史消滅に漸近するポストモダンに似て
表面的には無風だった。
ソ連消滅と香港返還をにらみ、
大国覇権主義をみずから抑制する面がつよかったためだろう。

80年代の学生はそうしたひるみを突き、
民主化要求を政府につきつけた。
実際はたとえば第五世代の映画にたいしても
こまかい上映禁止などを政府はおこなっていた。

これにたいし天安門事件において、
弁証法的歴史転換を中国国家は突きつけ、
このたった一回の「転回」で
経済的な無辺際状態、つまり本格的ポストモダンに突入してゆき、
「体制順応派」がそれにしたがったというわけだった。

そうなってついに中国から「ほぼ」文学が消滅する。
中国の大学から文学部が消滅を開始し、
「実学部」としての「語学部」だけが残ることになった。
『天安門、恋人たち』は文学部があった時代の
北京の大学を精確に再現している。

以前、電影第五世代の張芸謀にインタビューしたとき
彼の『紅いコーリャン』がなぜ
マジック・リアリズムの感触が色濃いのかを質問したことがある。
張の回答は明確だった。

80年代以来、「世界文学」が続々と(地下)翻訳出版され、
マルケスの『百年の孤独』などは即座に読み、
わたしは大好きだったのです。
80年代、中国には「世界」がつぎつぎに入ってきました。

とすると、天安門事件の正体は文学性の高揚だったはずだ。
そしてその収束方法をつうじ、文学性が敗退していった。
『天安門、恋人たち』はこの苦い過程を自省する年代記だったはずだ。

ともあれここから、ひとつの教訓を得る。
ポストモダンの初期状態では文学性が高揚する。
その盛期状態では逆に文学性が消滅する。
これが中国のいまであり、日本のいまだ。

まあ、大雑把な括りだともおもうが
 

2010年10月21日 阿部嘉昭 URL 編集

そういえば、「天安門事件」における
中国学生たちの挫折というのは、
68-72年の日本の学生世代の挫折に似ている。
革命性からの徹底後退、という意味で。

だから日本には68年後遺症映画というのもあった。
ただそれが、荒井晴彦『身も心も』や
若松孝二『エンドレス・ワルツ』というのでは情けない。

むろん若松はそれで一念発起し『実録・連合赤軍』を撮る。
革命的挫折を、発語の問題として
解剖学的に捉えたその作品は冷静で見事だった。

ともあれ「後遺症」映画としてみた場合、
『身も心も』が情緒においてなぜ不潔で
『天安門、恋人たち』がなぜ清潔かがよくわかる。
後者には「自己無化」があったのだった。

そういえば自殺した作家・佐藤泰志というのは
大きな視野でいうと68年世代だとおもうが
昨日はその佐藤泰志原作の
映画『海炭市叙景』(熊切和嘉監督)を観ていた。

函館を架空性のつよい「海炭市」という名に置き換え、
拓銀破綻前の時点で
北海道の停滞を先駆的につづったのが佐藤小説だったろう。
人物には「自己無化」がしいられる。

熊切監督はその短編集をオムニバスに置き換え、
真空的な浮遊性のなかにエピソードを配置、
各話の(人物)連関を最小限度にとどめる、
という、すこしびっくりする映画化を貫いた。

ひたすら暗いので
なぜその映画がいま撮られたのか、わからない面もあるが
風景把握力と、人物演出力は、
『天安門、恋人たち』のように優秀だ。
素人と職業俳優の混在も奏効している。

谷村美月が切ないが、
期待していなかった南果歩などが目覚しい演技をしている。
あるいは加瀬亮が最も悲痛な演技をしいられている。
さらには市電運転手とその息子のエピソードに出てくる、
「バー」の気持悪さも比較を絶している。

この作品、もう少し短かったらなあ・・・
市から立ち退きを迫られるおばあさんのエピソードなどは
割愛してもよかったのではないか
 

2010年10月21日 阿部嘉昭 URL 編集

中国の大学に文学部が無くなったこと知りませんでした。
ラスト、私は主役の女性が戻って来ないと思いました。
まさか男性が車で走り去って行くとは。。
ロウイエ監督の作品は病みつきになりますが、男性の撮った映画だと言う気がしてなりません。

2015年02月21日 URL 編集












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