ものの実感 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

ものの実感のページです。

ものの実感

 
 
【ものの実感】


ものの実感などというものは、そのものが落掌されて、しかもそれ
がもののかたちやひかりではなく、ただ風路をめぐらせているとき
にのみ到来する。個物がそれ以外であるようなこのみちびきによっ
て、わたしたちはみずからの目だまにかぎりない穴をあけてゆき、
ものにたいし盲目であることで、もののうめきとも、同化しようと
する。だからそれが、はちみつであるかどうかが問われない。むろ
んわたしたちも熊ではないのだから、舌以外の器官をつかって、そ
うしたあんふぉるめると黙契をむすぶ。その器官が皮膚であるなら
ば、わたしたちは実感以外のなにものもみずからに補給せずには生
きていない。風化をともにするということだろうか。なるほどもの
は壊れてゆき、そのときながくひかれる尾のほうが、薄命や薄明で
ある、もののおもかげにあう。たまゆらゆれる。わたしたちは基準
からはずれ、いつでも掌上のものを生きるためのあまさとみとめる。
 
 

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2010年10月21日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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