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私は美しい ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

私は美しいのページです。

私は美しい



先の日記、「頭髪形成」で話題にしたように
ロートレアモン『マルドロールの歌』中の記念碑的修辞、
《手術台のうえで出会ったミシンと
蝙蝠傘のように美しい》の「直喩破砕」を念頭に、
「私は〇〇のように美しい」という構文を30個連続させて、
全体で一個の詩篇を構成せよ、というのが
今日の3限入門演習、受講者たちに公開されるレポート群だ
(ヘヘッ、ということでこの日記の記載、フライングしてます[笑]
――ただ受講生たちはもう登校していったろう)。

今日の未明に、提出されてきたそれらをじっくり読んで、
これが集中ベストだなあとおもったのが下の詩篇だった。
まずは引用。
個人情報保護を考え、名前はイニシャルにしておこう。



【私は美しい】
            H・S


私はセキエイのように美しい

私はベルトのように美しい

私は嘲笑のように美しい

私は裸に剥いたヴァイオリンのように美しい

私は白い壁、破片、靴跡のように美しい

私は少年のように美しい

私は指でかいた傷のように美しい

私は「さて、」という言葉でとどまった会話のように美しい

私はマクガフィンのように美しい


私は悪戯されたように美しい

私は唾液で張り付けた新聞紙のように美しい

私は葉緑体、スペルマのように美しい

私は泣き疲れた眼球のように美しい

私は携帯電話、コイル、悪趣味な下着のように美しい

私はぬらりと光る髪筋とため息のように美しい

私は深夜のカラーコード、薔薇の葉に穴を開けるマルハナバチの
ように美しい

私は反響するマイクと耳障りな雑音を怖がるように美しい

私はあの老婆のように美しい

私はインクで描いた涙のように美しい

私は粉薬をむずがる子供のように美しい

私は女の耳にとまったピアス、花開く夕顔、死んだアゲハ蝶
 のように美しい

私はしなやかな腕や触れられぬ肩のように美しい

私は薄汚れた縫いぐるみのように美しい

私はキウイジュースとにくたらしい店員のように美しい

私はたこ糸で自殺を決めた六歳児のように美しい

私は股を開いた女、肉厚のある太股、倦怠と気だるさを誤解
 したように美しい

私は余白のように美しい

私は鋲で打ち付けた男の背中のように美しい

私は焦点の合わぬ少女の唇を流れ落ちるアイスクリームの液
 のように美しい


私はただ、逃げるのをやめたモルモットのように美しい



詩的修辞がすっきりとしている。
ちょっと危ない感触もあるが、
《〇〇のように》の代入項のうち
とりわけ、「セキエイ」と「余白」が効いているとおもった。
冷やっこい。白い。
この基底のうえに実は詩行全体が巧みにストーリー化されていて、
「手馴れているな」という感想をもった。
「深夜のカラーコード」と「マルハナバチ」、あるいは
「葉緑素」と「スペルマ」の隣接などとりわけ「美しい」。
ただ、ロートレアモン的なイメージ炸裂がいまだし、だけども。

「女子」の感性的「倦怠」の平均値、
その測量もここからできるだろう。
そうしてちょっと「いとおしく」なる(笑)。



このような課題を僕は結構出している。
まずは、これで詩作がパズル的遊戯に似るということ。
むろん一発想で詩を「でっちあげる」というのは
フモールにまつわる反射神経の鍛錬にすぎず、
できあがった詩も「インチキ詩」の域にテイカイする。

ただ、「インチキ詩」と「本気詩」の境界は
それ自体が曖昧で、
そこに精神上の「リズム」「皮肉な自己認識」
「複数的な世界認識」が胎動すれば、
一挙に語の飛躍が起こり、文脈への強圧も付帯し、
結果的に「詩と呼ぶしかないもの」が立ち上がってしまう。

H・Sさんの詩はこの領域に確かに突入している。



最近の僕は「詩の要件」を相当真剣に考えはじめていて、
それはまた
実作を通じてしか思考できないものでもあるのだけど
いまはとりあえず、「内在律」「自叙の不能」を棚上げし
単純に「意味の可笑的な分裂」などを思い描いている。
ただし、この探究は意外な疲弊を導く。
なのでこの一ヶ月は全然詩作のなかに自分を置いていない。

これは停滞だな、とおもい、
遊びで、自ら出した提出レポート課題に加わってみた。
ま、これが演習講義上の「実践」と「責任」だろう。

「私は〇〇のように美しい」という構文を
単純連続させるのは飽きる、という程度には
僕ももう充分にスレていて、
構文にヴァリエーションをつけるのが
詩作のひとつの動機とはなった。

――なったが、
出されてきたレポートに刺激を受けて書いたそのレポートは
何か自分の高校時代の詩作をおもわせるものになってしまった。
最近は滅多に書かない、こんな詩(笑)。
自分に自堕落な郷愁を感じた。
それが面白かったので、
以下「お目汚し」も顧みず、披露します(笑)。

ちなみに一言。
これは僕にとっては「詩」じゃなくて
やっぱり「インチキ詩」の領域にあるものです。
作成時間は、たぶん30分程度だったとおもう。



【ワタシハ美シイ】
                        阿部嘉昭


私は 犬のように美しい
猛暑のなか項垂れて犬が垂らす些少の涎のように
あるいはその涎とリンボとの絶望的な距離のように美しく
焼けたトタン屋根のうえを火傷しつつ踊る黒馬の蹄のように
 美しい
さらには処女たちに不安を掻き立てるその蹄の音楽のように
かつはその音楽を入場合図にして広場で殺戮を始める衛兵の
 ように美しく
その衛兵の眉間に刺繍されたYの字のように次善の形態で美
 しい
私は殺意のまえで棒立ちになる尼僧のように美しく
その尼僧がまだ子宮内の三日月だったころの嗚咽のように美
 しい
すなわち空と雲と水の織り成す予感のように美しく
とうぜん予感の本然たる未了性のようにも
一瞬現れて消えるままだったある日の耳朶の滴のようにも
地下隧道の千年史を蒼白に彩った耳飾りの誘導灯の並びのよ
 うにも美しい美しい
階段の手摺りのように螺旋下降する私が美しく
地上の谷のあいだに穿たれた木霊の通路のように私が古く美
 しく
千人分の精液を風に揺れるダリアのまえで飛び散らせたよう
 に私が醜く美しく
醜い私が古いすべてのように美しい
ゆえに私は用なしになった巨人の太腿のように美しく
その腿が円筒を挟んでおこなう騎乗性交のように麗しく美し
 く
その円筒がふと漏らしてしまった虚数の入った数式のように
 香しく美しく
「私より私の不在がさらに美しい」という断言のように壊滅
 的に美しい
私はそうであれば円卓での決定のように誇らしく美しく
影を嘔吐しつつ塒を探す流民たちのように寂しげに美しく
秋の窓辺の亡霊的な電圧のようにも
この魂の洋梨のくびれのようにも 単なる穴のようにも
しゃれこうべの眼窩のようにも絶え・絶え・に・美しく・美
 しく
だから私は野焼きの間歇のように風説異説となって美しく
あるいはもっと単純には間歇自体のようにも美しい
地周に糸でつながれた恥のように
犬のなかの犬のように 私という移行がこのうえなく美し
 い(だろう)



お粗末さまでした(笑)
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2007年06月04日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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