絖
【絖】
背もたれに背後から抱きすくめられて、すわったまま、うごけなく
なることがある。そんなとき窓からの視界がひらけてきて、世界も
ゆっくりと暮れてくるので、自分がいっぽんの枝だとして、梢のよ
うな関係で空に手をさしのばす仲間すらおもうのだが、さわってい
ないものをさわるそれら微動がわずかな雨にぬれてかなしい。すこ
しはるかをみやる夕暮れの体験をしいられて、こうして木になって
ゆくのか。椅子からたちあがるためには身が靄にならなければいけ
ないのだけど、椅子にしばられているからだまるごとが、天井から
はまるで落し物という位置にあり、落し物特有に絖をはいていて、
靄の気重さからとおい。ひかりながらひかることでさらに電流のよ
うなものにさえなってゆき、みずからのからだのあおいろをかえる
おんなの息をしだす。こんなふうにねむたいことも死ぬことなのか。