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安井浩司・空なる芭蕉 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

安井浩司・空なる芭蕉のページです。

安井浩司・空なる芭蕉

  
安井浩司の新句集『空なる芭蕉』が
今年九月に沖積舎から出ていて、
今朝、ようやく読むことができた。

不要に難解で、奇想の恫喝句が多いとみる向きもあるが、
古語のみならず仏語、造語がうずまきながら
語の瞬間的な衝突効果がどう長く尾をひくかを
つつましく探求する最後の東洋的古哲として
もうぼくはずっと尊敬している。

年齢からして安井さんが晩期にはいったのはあきらかだが、
『空なる芭蕉』では句風がますます融通無碍になり、
ことばの仙境がこちらにさしせまってきた。
とはいえ深層にシュルレアリスムまである知性だから、
句眼がつかめず茫然とする句も多い。
たぶん膾炙のうすい「安井語」に
こちらの無教養がはじかれているのだろう。

でもそんなことはどうでもよい。
『空なる芭蕉』は安井句集にしては膨大な収録で
なにか戦慄的な「贈与」として、ただある。

ともあれ今年はこの句集と
貞久秀紀さんの詩集と
ロウ・イエの新作に出会うために
生きてきた気がする。

奇蹟的とおもった句を備忘録も兼ねて
以下に掲げておきます
(わかりやすい句が多くてすこし恥しいが)。

(それと引用句数が多く
著作権的にアンフェアの気もするが、
安井浩司布教のためのあえての蛮行です。
ちなみにいうと、掲出句は
原稿アップの際、無理やり半分にしました)





夏よもぎ眠れば脳も片寄れる


秋のかぜ流女のかがと火を発し


四眼〔よつめ〕鹿猟夫の睡りの中にねて


青墨を垂らし殺せる寒の鯉


花野帰りの妻に神の薄手跡


雁の空落ちくるものを身籠らん


晩夏己れに火炎ペースト塗る男


沖の春逆さ船もう沈まずに


眉波の女坐れる池の秋


紅滲みの髪〔はつ〕となるまで椿樹下


東風〔こち〕のまま回れる空も天の中


雪安居梵卵ひとつ手のひらに


からたちを投げ込む男の格闘に


黒とんぼ尿すは劫の途中なれ


寒月下三千界みな足の裏


毛蓼ぐさ地中の風こそ大いなる


冬の沖浮木もいつから鱗成し


雁来紅炎えて五隅となる曠野


昼蛍入る草の葉の合掌に


父王へ百の針入れ冷奴


昼半月高く牡牛を吊る遊び


寒鯉を煮るや人の血少し入れ


けむきのこ踏む白雲の発端に


抱き合うてふところの蛇移さんや


夏あざみ「人こそわれの暗喩なれ」


冬二羽の鷺は眼差し入れ合える


引き寄せて漂流山を春庭に


翼否鳥足授けられし春


春陰や一本箸もて食らうわれ


曙雲先ず成りつつあらん海中に


冬天心一頭の蝶こなごなに


天海のえび零れきて乞〔こつ〕の椀


隠沼〔こもりぬ〕を啜るや致死の青みどろ


鸚鵡擂り潰し火薬を作る夢


熊狩を指揮する最後の大羆


麦撒けばいつせいに来る空の賊


草分けの杖はいつから蛇曲り


月光の全裸の湖〔うみ〕を他言せず


文字をかき無限にめくる秋の道


睡蓮やかの女〔ひと〕にみな見占められ


花野なら死真似に死をもたらすも


色身の重さに崩れて夕はちす


狐どうしも立ちて抱擁花野涯


枇杷男かと柩ひらけば蝶ばかり


大股を西へひらけば鱚の海


少し噛む乾〔か〕れ蟷螂の甘くして


密陀〔みだ〕絵成るこの身体の内壁に


芹生野の木橋は急に空へ起〔た〕つ


初めまず無牛図を吊る春の家


夜と朝の出会い処や水芭蕉


秋野人〔びと〕燃ゆ溢れ血に火が付いて


振り向いてわれも鴉も見毒〔けんどく〕ぞ


渾円の天地のずれに住むからす


天地袋〔あめつちぶくろ〕からだの外に妊む妻


己が白骨数えて不足よもぎ原


天類や海に帰れば月日貝
 
 

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2010年11月06日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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