羽衣
【羽衣】
詩作が冬枯れになると、行き交う林のうちにみえる、虫箱や鳥箱や
獣箱、さらには人箱までもがほんのりカラフルにおもえてくる。そ
れらにはなにも捕囚されていない気配だけがあり、枯れ瓢箪になっ
た連れ合いの足音も、くりぬけくりぬけ、とただ響いてきて、かる
いものと、ないものとの区別がなくなってくる。空間はその刻々の
変化を憶えるべきものだ。人らが木立を意識し、あるきながら位置
をかえてゆくときに、その空間には首府というべき強調があって、
みやこびとこそが弧をえがきながら林を何重もの同心円に格上げし
ている。こころばえがすでに綺羅なのだから、やがて頬にはおれん
じ色の鬚もはえるだろう。そんななか煙のようにみえるのが先述の
あらゆる箱なので、虫も去り鳥も去り獣も去り、その場の空間を記
憶した代償としては、過去などがさらに輪郭をくずしてくる。普遍
の本質には喪失の相からふれることができるようになるだろう。こ
れからは、と訊くと連れ合いは、温泉の蒸気でそだった南国蓮のス
ープで酔おう、かるいものをおもうためのその場所はあずまやが良
いと提案した。みんな、かるさをかすめてはだんだんと消えてゆく。
2010年11月23日 編集