連詩その後
立教連詩連句演習で
ぼくの所属する連詩新D班の
「その後」を以下に報告しておきます。
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9【悩みの種】
中川達矢
ここにいた私を返してください
私の色は黒ではなく、同化を望みません
暗闇でかくれんぼをしてはいません
星新一が作った穴には落ちていません
白でもなく、光でもありません
どうか、どうか、眼に入れてください
黒目で私を捕らえてください
私の涙は透明です
ここにいた私はどこですか
そう、あれは師走のこと
私は悩みに悩んでいたことに悩んでいた
種は植えるか食べるもの
10【ヒア】
松井利裕
連続する現在の点を配列することで音楽を奏でる。この行為で過去になった、ある一区画がずっと頭ん中で繰り返すので、未来は既に記すことのできる状況にある。
闇の中で冷蔵庫を開ける俺を後方から捉えると、その足元には青紫の空気が下りてきて、足首の腱を洗っていく。白熱灯を模した明かりが身体の影を浮き立たせるが、一方で光芒は気づかぬほどの速度でその暗部を侵攻している。俺は庫内に保存された加工肉のラベルを眺め、そいつが腫れぼったいビニルの中で美しく、無表情に死んでいるのを発見する。鶏卵にしろ、ハムにしろ、それらが人を惹くのは、そのデュナミスゆえでなく、そいつらが現在を誇示し、そこに固執しているからだ。俺は自らの行為が自己愛の顕現に他ならないことを知りながら、透明な膜の上から指先でピンクの肉を圧迫し、この体腔を満たす液体の流動を確認する。
断片化した未来の線分を反復することで現在を連ねる。この運動でダメになった時間性は定期的に再演を要求し、生き、死んで、俺は音楽を奏でる。
11【なぜわたしは面白いのか】
三村京子
なぜわたしはこんなに面白いのだろう。
時間毎の行為を中空に記述してゆくと、わたしが異化され、かさぶたでも落ちるように、
空間から、人形のようなものがぽろりと排泄される。
その様子を眺めていると、白い花びらが永遠にこぼれ続けるみたいで、例えば喫煙だとか、
固有の性癖や、ややもすれば偏奇な嗜好というような、鳥が止まるための止まり木がなければ、ふつうは気がおかしくなるのも否めないだろう。
あるいは本人も周囲の人間も気づかないやり方で、実際に狂っているかのどちらかだ。
そして一生をその狂ったままで遂げるような人も多く見かける。
わたしをこんなにせき立てるのも、白い花びらがとめようもなくこぼれ続けるものだから。
あの人たちは、どこへ行くのだろう、あんなに、息の弾んだ足どりで。私を、ここに残して。ここに、置き去りにして。
(これは、歌うときの意識なのだろうか)。
12【歩く】
長野怜子
せっかちなRPGのBGMに合わせて
物理演算込みの歩行を披露する
コントローラーが握れるのは 主人公と5000円あたりかかる物語のクオリティ
リセットされようが私は繰り返して、
繰り返して。
昨日銀杏は枯れ果てて。
そんなことも知らないままにして。
あなたは違え、私を救う物語を必死にゲームする。
窓から鏡合わせのように覗いた街の。
前を歩む人の背に映る夕影の紅、浮く落ち葉に乗り合わせる花梨の実、重厚な枝ぶりを魅せる禿げた桜、鰯雲が泳ぐ優しい空。
みんな感受してくれたら、と。
私にも、貴方にも。
13【悲器】
阿部嘉昭
悲具――かなしい具。演じられる役割もさだかならぬまま絵皿に、
交換の気配をただよわせ並んだ木の実が、人のすがたにもみえて、
それを映す窓がここの窓かと戸惑う。だいいち絵皿の模様が木の実
だから、役割はまぎれてしまい、底をささえるレイシーのソプラノ
サックスなど藍ぶかいもやにも似た。あるくように舌をかたい実皮
に這わせ、外側だけをしめらせてゆくと、内実はみごと脳裡に黄金
となるが、わたしというここの枝ぶりはさまざまな落花の前日だろ
う。鹿のながれにものらず、ここにあることをせかされて天をみれ
ば、一頭ということばで犀とつながった蝶がさだめの散会になって
おり、部屋は棘だらけの通路にして、それを透かす窓こそここの窓
かと戸惑う。しげりないしげりをここで仰ぐ、来し方とおなじ時。
みな繭の輪郭をかためるために身を入院させている。あなたの銀液
を淹れるしぐさはふりむかない、銀を剖くときもそうだろう。その
ようにあなたは木の実の精につらなるから、あくびで放ったたまし
いを四隅にひらき室内を稀にしたあと、木の葉髪なる森との盟約を
ただ振ったわたしも、ばらばら散る日本だろうか。かなしいうつわ。