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踊らば踊らず ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

踊らば踊らずのページです。

踊らば踊らず

「一人連詩」36篇を完成させて
幾度かまとめたものを読むうちに、
8月17日にミクシィアップした
9【緑について】が瑕だ、と気になってきた。
最大の問題は「花火」のイメージが
打越の禁に触れているということだ。
田中宏輔さんの連載解説が
ここに辿りつくまえに差替えようとおもった
(書肆山田の再校、頑張ってください)。
それでつくったのが以下。

――その前に一言二言だけ。

できあがってからの連詩の差替えは
たしかに気分的に少し厄介ではある。
改めて前篇に「付け」なおし、
しかも後篇がおこなった「付け」の筋合いだけは
確保しなければならない。
ただ、やってみるとそれは存外、簡単だ。
現在、「十二人連詩」でも同様の問題が起きているが、
このアップがその参考になればいい、ともおもう。

書き換えの具体例をしめすために
新詩篇【踊らば踊らず】を前に置き、
没にした従前詩篇【緑について】をあとに置きます。


(11月10日改訂)

【踊らば踊らず】


家主を騙す、ペッティングは何度目
失敗した肉じゃがや
シークワーサー割りのあと
夏の全盲闇がおもたく降りてきて
そこで罰当たりたちが無音を味方に
鬼神の「踊らなさ」を舞っている
互いの指先で濡れたり硬くなったりした
言葉のようなものを探りあっているのだ

額より小さな庭に累卵を置き
終った宵から下ろす塊の鉛で
殻を割らず中身だけ潰す技
小ささと大きさの境をかえるので
森下の見取図さえ書けないまま

窓のそと 竹薮が大きくなって
尻尾の夜が 雨のように焦げた

(下天は夢よ、
(「踊らば踊らず」の深意とは、

「流れる記憶」を記憶するように
あゆみが自他を混乱する
起きぬけから空回りにまわる朝
肝臓の紫も胆嚢の緑も
それなり体内の火だったが
かげろふたちのよぎる辻をまえに
ジジ、と湿った音漏れもして
身のなかへ縮むだけだわたしの身は。

白熱の行く手を
規格外のパイソンが気ままに炎えていた
添うように周辺を掠めれば
胆汁なんかもむかしの草汁
祝ひ・さきはひ、禍ひがみな消える



(8月17日アップ)


【緑について】

今年の花火の眼目は
火薬の「緑」発色だそう
はかなや暗さの境を
幽玄へかえる謀りごと
(信長が最期に見たものを感じる

「流れる記憶」を記憶するようだ、
肝臓の紫/胆嚢の緑/体内花火
白昼の夏ならいつも行く手を
規格外の緑が気ままに炎えていた
触媒され、血の胆汁化あわれ
(「踊らば踊らず」の深意とは

その緑を犬の花火師たちは
裏側から夜空に閉じようとしている
「何かが死んだ」「このことの縫い」
祝ひ・さきはひ、禍ひもみな消える
わたしもまた竹薮より大きくなって

家主が眠るそのあいだこそ
召人たちの悪戯のとき
時間を停めてギシギシと
信を機械に変えるがこのみ

「こびと」の正字に変換できぬのなら
「矮小」と打って一字バックスペース、
そんな知恵だけ緑色になって
一切の閑暇も覆われてゆく

それで額より小さな庭に累卵を置き
終わった花火から下ろす塊の鉛で
殻を割らず中身だけ潰す技も競われた
小ささと大きさの境をかえるので
いつも家の見取図が書けないまま

尻尾の夜が 雨のように焦げる

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2007年11月10日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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