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【DJ授業報告1】太田裕美から始まる・上 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

【DJ授業報告1】太田裕美から始まる・上のページです。

【DJ授業報告1】太田裕美から始まる・上

立教と早稲田で「歌詞」を考える授業を、
この九月からの後期ではじめている。
フォーク、歌謡曲からJポップへいたる歌詞に
どう文化的多層性が彩られているか。
旋律やリズムに乗るために
歌詞がどのように「有為な」変貌を見せているか。
たとえば「星」などの特定主題は
時代変遷やジャンルの相違によって、
その把握に変化が生じているのだろうか。
海外曲では歌詞にどのような理想形が現れているのか。
いずれにせよ、歌詞の考察はすぐれて「複合考察的」なので、
複雑なことを考えたがる僕にはすごく面白いし、
その結果が歌詞づくりの実践にも跳ね返るので余得すらある。

授業はほぼDJ方式。
カセットテープに、ある主題に即して10曲程度を録音する。
40分以内にまとめるのがコツ。
それを教室で一曲ごとに流し、止めて、喋り・・を繰り返す。
配付資料は当該歌詞をコピーし、
コラージュ的にA3用紙に貼り合せたもので、
音楽を流すあいだ、
多くの学生はかかっている曲の歌詞に目を走らせている。
たまに瞑目し、集中して聴く者もいる。

第一回授業は「太田裕美から始まる」と銘打った。

太田裕美は僕の高校時代のアイドルだった。
ふくよかなルックス・体型、お嬢さんぽい声量のない声。
それはいまでいう「アニメ声」の一種なのだが
ヘンに声の輪郭が円すぎて、声が正面に飛び出さない。隔靴掻痒感。
裏声に切り替わる瞬間も早すぎて、気合の萎む面もある。
そういったパンチのなさも考慮されたのだろう、
アイドル歌手のなかでは
比較的フォーク臭のつよい清純路線で売り出され、
それもあって、のちには自作曲も唄いだした。
現在は横浜で教会音楽歌手として活躍しているんじゃないか。

知る人ぞ知る、太田裕美は元「スクールメイツ」。
実はラン、ミキとキャンディーズを結成する予定だったのも
この太田裕美だった。年齢も合っている。
ただ声質や体型や運動神経が残り二人と揃わなかったのだろう。
結局メンバー入りを見送られ、スーにその座を譲る。
そのスーのダイエットの苦しさに残り二人が同情して
キャンディーズ解散儀式が仕組まれるのだから世の中、皮肉だ。

太田裕美にフォーク的なアイドル路線を走らせるとき
それなりの新進作詞家を起用してみせる仕掛けが必要だった。
はっぴいえんどで歌詞をずっと書いていた松本隆が抜擢される。
はっぴいえんどはJロックの嚆矢のひとつといまも評価が高いが、
「あんなのフォークじゃねえか」と近田春夫がよく悪態をつく。
僕も同意見だが、太田裕美のプロジェクトチームも
そうした特質をよく見抜いていた(ただしプラス評価だ)。
つまり、松本隆の歌詞にロック衝動がなかった点が大きい
(「春よ来い」などごく少数の例外もあるにはあるが)。

たとえばカヴァーの続く代表曲「風をあつめて」。
夜明けの空を路面電車が走ってゆく、
宮澤賢治的というか宮崎駿的光景を幻視する歌の主体がいて、
細野晴臣の唄いかたもあり
その主体の「ガロ」的不充足感が抒情的に伝わってくる。
70年代的無精ひげ、チャンチャンコ。
ジェイムス・テイラー的というか小坂忠的なアコギと
ディラン調からの一小節程度のコード的飛躍が耳を打つのだが、
「文学的」と称賛を受けるだろうその歌詞が僕にはいただけない。
「よあけ」は「昧爽」と用字され、
「がらんとした」は「伽藍とした」となる。
「風をあつめて」蒼空を翔けたい僕の心意はいいが、
どうも歌詞が翻訳象徴詩的語彙の不徹底な蒐集に見えてしまう。
この蒐集によって歌詞の情動が停まり、
結果的にロック音がフォーク性にまでひしゃげてしまうのだ。

松本隆の罪は大きい。
こういう限界にたとえばイースタン・ユースなども全然気づかず、
中央線沿線的「低回」をいまだに文学的に演じつつ
自らを高級ロックと規定しようとしていたりもする。カッコわるい。

80年代アイドル歌謡は阿久悠ではなく松本隆の時代だったが、
近藤真彦にしても松田聖子にしてもたぶんその歌詞世界は
あらかじめ代理店的コンセプトにより決定していた。
このコンセプト内で「同一的な」語彙が蒐集され、
少ない物語性の代わりに透明な心情が中心化され、
だから彼らの歌には一定の「雰囲気」があっても
何かを突き破る真の若さがなかった。
「不良売り」のマッチに不良性の実質が出たのは90年代からだ。

そういう意味でいうと
80年代的な微温性の代表者が彼らの作詞者・松本隆で、
結局、その頃の情動はパンクやフリージャズに向かうしかなかった。
雰囲気と情動とを溶かす中間形態が消えてしまったのは、
松本隆の支配圏が大きくつよかったからではないか。
で、売野雅勇、どうしてるんだ、などと思いを馳せてみる(笑)。

ところが松本隆の評価が、この夏休みに一変した。
まあ局点的なものにすぎないのだが。
松本隆が歌謡曲の作詞キャリアの出発点とした太田裕美だけは
その歌詞に「蒐集」で乗り切れるという驕慢な見切りがなく、
松本は自らの音楽的教養を積極注入して、
「日本のうた」の可能性拡大に尽力していたのだった。
この事実に気づかせたてくれたのが
夏休みに読んだ舌津智之さん(立教でも講義をしている)の
『どうにもとまらない歌謡曲』(晶文社)で、
舌津さんが引用している
太田裕美「赤いハイヒール」「ドール」の歌詞の一節では
不覚にも涙ぐんでもしまったのだった(笑)。
高校生のころ、一応それらは聴いていたのに
歌詞を再見したときの感触がすごく新鮮だったということだ。

講義では太田裕美の代表曲をかけ、
その間あいだにそこから類推される別の曲を挟んでいった
(これが松本隆の音楽的教養による「引用」を多くあかしだす)。

① 椎名林檎「木綿のハンカチーフ」(『唄い手冥利』から)

一曲ごととはいえ太田裕美の甘すぎる声が続くと滅入るので
椎名林檎のカヴァーヴァージョンを選んだ。
一曲かけ終わってクイズを出す。
エラく下手な歌唱が林檎の歌唱に混入しているが、だ~れだ? と。
答える学生がいた。「松崎ナオ」。ハイ、正解です(笑)。

北山修などフォーク陣営が定番にしていた「故郷喪失」テーマ。
田舎の少女が恋人の上京就職を見送ったのち
手紙文のやりとりが往還し、
その一回ごとの内容が、歌詞表記4行ずつでクルクル変転してゆく。
つまりそれは、源氏以来の伝統、「相聞」形式に則っていた。

つまり太田裕美は男歌を「半分」唄う。
なぜそんな方策が導かれたのかいえば、
「男」設定のほうが唄い手の女性性がエロチックに伝わるからだ。
たとえば詰襟学生服を悪戯で着用した「女子」を考えてみればいい。
太田裕美自身はカントリーなお嬢さん服を着ていたが
当時の男子はその下に豊満な肉体があるのを見逃さなかった。
運動部系男子が異様に萌えていた記憶がある。
僕はといえば麻丘めぐみ一辺倒だった(笑)。
ナンセンスと美少女の配合をシュールとおもっていたのだ。

話を戻す。
曲はザッパ、レノン、ジミヘンとともに僕が4大リスペクトする
筒美京平先生だ。
僕は絶対に筒美先生には「先生」という敬称を外さないと
講義で宣言してしまう。
筒美先生は、当時のウェストコーストロックの隆盛を横目に
曲調には明澄なカントリーロックフレイヴァーを選択なさった。
ま、「故郷」テーマだし。それが太田裕美の舌の足りない歌唱を
ヘンに真摯に響かせたりもして、大当たりとなる。
林檎ヴァージョンのほうはアレンジが亀田誠治で
ベースがゴンゴン唸っているが、オリジナル編曲は透明感一杯だ。

ただしこの「故郷テーマ」には欺瞞がある。
もともとその前段階の北山修絶頂期からしてそうだった。
北山は故郷喪失を現在形として描くことでそれを抒情化した。
だが春日八郎「別れの一本杉」の時代はとうに終わっている。
農家の次男坊以下の東京大移動時代は東京オリンピックまでなのだ。
そのころ地方の人口流出が「完了する」。
もうひとつ同じ動きのピークが明治30年代だった。
北山修は所与の諦念であるべきものを、
渦中の悲哀につくりかえてしまった。
一応はロック分野にいた松本隆は、その歌詞の型を悪用した。
事は、日本人の「泣けるもの」の計測に関わっている。

故郷-東京に分断されて、若い男女の恋愛は破局を迎える。
遠距離恋愛の克服、というテーマは現れておらず、
地理的条件にたいしまだ二人はすごくナイーヴだった。
通信機器が十全ではなく手紙のやりとりが主体だった点が大きい。
むろんそれはラスト、恋の終わりに直面して
《ねえ涙拭く木綿の/ハンカチーフ下さい》と呟くヒロインを
実像化するための方便でもあっただろう。
そこに太田裕美のルックスが重ねられる。
悲哀にメロメロにならないがゆえの、向日性の凛とした哀しみ。
カントリーガールのまっすぐな背筋(彼女自身は猫背だが)。
だから太田裕美はこの歌を明るく唄った。
そしてその最後のフレーズは
ディラン「ハッティ・キャロルの寂しい死」のラストも髣髴させる。

②ボブ・ディラン「スペイン革のブーツ」(『時代は変わる』より)

「ハッティ・キャロル」とディラン・ソングの名前が出て
同じ『時代は変わる』に収録されている曲に注意が及んだ。
あった――「木綿のハンカチーフ」の真の発想源が。
それがこの「スペイン革のブーツ」だった。
「相聞」は源氏的なものよりもむしろこの曲からの転写だった。

このディラン曲は完全なバラッドの曲調
(ディランの誠実で静かな3フィンガーと歌唱が胸を打つ)。
またもディランは作曲に密輸入を導入している(笑)。
バラッドの一形式「相聞」がここでは完全に踏襲されていた。
たぶんスペインの鉱山労働にゆく農家の息子を
イギリスの農村の娘が見送って、
以後は海を挟んだ間遠な手紙交換の日々となったのだ。
少し「大航海時代」の匂いもする。

出稼ぎ労働者は現地でカネを得る。
恋人に何かを送ろうと提案する。
女のほうは取り合わない。恋人の「存在」こそがほしいからだ。
ところがラスト、女が手紙で語る。
《そう、なにか送ってくれるのならば
スペイン革のスペイン・ブーツ》(片桐ユズル訳)。
物質的富を峻拒していた女の心変わりではない。
そう語ることで、皮肉な別れの挨拶が確定したのだ。

この歌の4聯を書き抜いてみよう(女のほうの言葉)。

おお、まっくらな夜からとった星
と ふかい海からとったダイヤモンドだって
あなたのやさしいキスのほうがいい
わたしがほしいのはそれだけだ

一方、松本隆作詞「木綿のハンカチーフ」には
こんなフレーズがあった(第二聯後半)。

いいえ 星のダイヤも
海に眠る真珠も
きっとあなたのキスほど
きらめくはずないもの
きらめくはずないもの

そっくりだ(笑)――が、
けっして「パクリ」と指弾したいのではない。
「音楽的記憶」というものがあったとして、
それが諸国・諸ジャンルの歌に飛び火するように継承されてゆく、
そうした壮観を是としたいだけだ。
もともと音楽とは「継承」の産物なのだし。
そしてビートルズ狂で通っている松本隆が実はディラン狂だった、
という事後認知が嬉しかったりもするのだった。

ただし此彼の差を超え、時代を超え、
男女相聞の哀しみをどちらがより映しているのかといえば
ディランのほうに凱歌があがるだろう。
歌詞に屈曲があるからだとおもう。
むろんそれは英語詞のほうが日本語歌詞より自在で、
韻も踏め、音調に翳りを挿しこめるからだったりもする。

③太田裕美「赤いハイヒール」

男女の相聞で当てた太田裕美プロジェクト班は
次も男女の相聞路線で行こうと決意した。
当然だ、歌謡界には柳の下に泥鰌がうようよいる(笑)。
ただし新機軸が盛られた――都会に出たほうを女とし、
故郷に残るほうを男としたのだった。

職探しの常で東京に就職したとしても
女には物質的欲望を思い描き、故郷を捨てた、
というバイアスがかかっている。
だから東京到着直後にデザインのいい「赤いハイヒール」を買った。

出だしがいい。《ねえ友達なら聞いてくださる》。
「私」の「語り」がこれから始まるという「開陳」の仕方は
浪曲から河内音頭までに共通するものだ。
下層民対象の河内音頭では冒頭開陳に自己卑下の匂いもまつわるが
この歌の主体=「女」のほうにも下層労働者の匂いがする。
「タイプライター」の用語から
町工場程度の事務職ではないか、という気配があるのだ。
故郷なまりを悟られないため無口になった山出し少女の哀感。

少女が東京勤務で精神的・外形的に変質してゆく過程が
効率性の高い歌詞で彩られる。
どんどん初心や真心を失ってゆく頽落。
故郷の男はそうした惨状に手紙で容喙してゆくが、
実は体温のある存在としてキャラクタライズされてはいない。
「思い出話」も「忠告」も「励まし」も
すべて抽象的な感触を伝えてしまうのがこの歌の弱点だろう。

ただし筒美先生の曲が出色だ。
冒頭Cメロの短調、Aメロの短調、Bメロ長調で、
このAとBが男女に振り分けられる。
Bの部分で肺腑をえぐる哀しみに歌が達する。第4聯。

おとぎ話の人魚姫はね
死ぬまで踊るああ赤い靴
いちどはいたらもう止まらない
誰か救けて赤いハイヒール

大正期『赤い鳥』圏から語彙が一旦、蒐集される。
小川未明『赤い蝋燭と人魚』。
それがホフマン・バレエ→パウエル/ブレスバーガー映画の
『赤い靴』を呼び出す。
『赤い靴』の物語、ご存知だろうか?
血紅に染まったようなトゥシューズを履いた
バレリーナ志願少女はその靴の魔力によりバレエ技術を得るが
最後、靴の魔力が自走し、「死ぬまで」踊り続ける羽目となる。
ドイツ的メルヒェンの「残酷」もかくや、という話。

上京直後に買った少女の「赤いハイヒール」は
この「赤い靴」とイメージが二重になる。
彼女の浅はかな東京傾斜が止まらない。
むろん童謡「赤い靴」も二重写しとなる。
《赤い靴はいてた女の子/異人さんに連れられて行っちゃった》。
ただし歌の少女が何によって連れられてゆくのか。
「異人さん」ではなく、「物質」によって、だろう。

「人魚姫」はアンデルセン(デンマーク出身)由来と
考えたほうがいいかもしれない。
僕はゴダールがアンナ・カリーナ(デンマーク出身)にいった
歯の浮くような(笑)愛の語りも憶いだしてしまう。
「アンデルセンの国の人魚姫が泣いてはいけない」。
ゴダールはコメディの天才でもあった。

ともあれ、この聯では、童話的な瞬間イメージが
多様な文化圏から一挙に蒐集され、
異様な加圧が起こっている。
この重みに直面して聴き手の胸が悲哀に潰れるのだ。
――というようなことは『どうにもとまらない歌謡曲』の著者、
舌津智之さんも見事な言葉づかいで語っていた。

④モールス「originalsoundtrackeasylistening」
(『モチーフ返し』より/作詞作曲=酒井泰明)

メジャーコード主体のバラード曲。
河島英五や友部正人でも唄いそうな曲にも聴えるが
エロキューションも発声もリズム切りも
ロッカーでなければこうは唄えない、と気づく。
そしてその歌唱によって「泣き」へと導かれてゆく。

モールスはパンク、フォーク、果てはジャズやロカビリーなど
多ジャンルを融合することでこそ音楽がロックたりうるという、
ロックの混合性に忠実なバンドだが、
第一観はフォーキーな印象で聴き手に迫ってくるだろう。
作詞作曲歌唱ギターの酒井の身体性が
フォーキーでボロく、古臭く、だらしない。そこが魅力だ。
歌詞の皮肉も盛られ、ジャンル定位がさらに効かなくなる。
だから僕はずっと応援しているのだ。

曲名は彼らの代表曲「backgroundmusiceasylistening」を想起させる。
《思春期に感受性ならマグロになったから》の捨て台詞ではじまるあの佳曲。
友部的バラードが一挙にパンクに変じる。
しかもあの曲では出だしのギターリフがクールジャズ的だという
「混乱」も盛られていた。「混乱」なのに、泣けた。
ただし今度のアルバム『モチーフ返し』は
全体にフォーキーな雰囲気がつよく、
「originalsoundtrackeasylistening」も一聴、そう映る。

恋愛の不成就が契機になったような男の主体の不如意が
眼に映る諸物を通じて象徴的に唄われてゆく。
語彙が平易。歌の主体の涙は、拭いても止まらない。

恋人の翻意・心変わりをなじる言葉が抑制されているからこそ、
この歌の哀しみが極上となる。転記打ちしよう。

雑踏の中で 大事なもの
かぎわけられる 君だったろ
いったい誰に ふきこまれたの
もう 僕と 会えなくなるんだぞ

実はこのフレーズが
先にかけた太田裕美「赤いハイヒール」の一節と照りあう。
「恋人の頽落」が共通するのだ。
こっちも転記打ちしてみよう(こっちは自己慙愧の文脈)。

マニキュアの指 タイプライター
ひとつ打つたび夢なくしたわ
石ころだらけ私の青春
かかとのとれた赤いハイヒール

「赤いハイヒール」で悪魔的容喙の役割を担ったのは
都会の物質的虚飾と労働疎外の落差だろう。
この感触が石ころのようにゴツゴツして、泣けるように味気ない。
そこでは松本隆の都会生活論の反映がある。

一方モールス「originalsoundtrackeasylistening」には
歌詞の片々から同様の「都会生活」の匂いがあるものの
恋人の心変わりには「都会が悪い」といった
「還元論」が用いられていない。
だから現在的通用性が高く、普遍にまで悲哀が高められている。
時代色に乗った歌は歴史考察を外せば褪色として響くが、
感情の普遍に立脚した歌は
それがフォークの装いをまとっていても永劫に効力が不変だ。
「originalsoundtrackeasylistening」は
太田裕美「赤いハイヒール」を凌駕しているとおもう。
この意味で僕はモールスのこの曲をかけたのだった。

(以下、次回)

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2007年11月16日 日記 トラックバック(1) コメント(0)












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