穴
【穴】
あなたであることがとつぜん祝福されるとき、はこばれ
てくる風のようなものがあって、着ているもののたもと
はそれでみなふるえわらう。だれもが身の芯に墨をつら
ぬいているので、もともとさまようことが書くことだっ
たりもするのだが、たとえば梅林を行き来するあるきな
どはそのまま墨滴の無駄にしかならないから、たもとを
ふくらませているひとびとも、その集団性がくおんにさ
みしいということにしかならないだろう。ひかりはどこ
にあるのかといえば、ただ事物のすきまにあって、世界
とは、成立していることのすべてである。そういうこと
なら、行き交いをつうじて刻々うまれてくるたがいの距
離の変化、その無限も、整理できないままただ世界をな
していることになって、けっきょくたもとからひらいて
いる肉体だけが、世界ではないもの、つまり奥にいざな
うきっかけに終始してゆくだろう。それを墨滴とかなし
くよんだ。ひとはぐうぜんにたちどまって、ふだん恋人
にだけみせている美のくずれを風景にもかかなければな
らない。そうした当為を性的なもののみに限定するのは
むろんあやまりで、とおくからひびいてくるひとつ多い
穴として、ひとはただ橋のむこうにかすめばよい。行き
交うことと近づくことのちがいもまた、世界を原理的に
つくりあげている。むしろ定点は祝福として、みている。