しごと〔改訂版〕 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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しごと〔改訂版〕

 
 
【しごと〔改訂版〕】


しごとは腕のあたりにあって
きょうのしごとは今日を遂行する。
そうだいっさいは今日になるだけだ。
そうおもっていたのに
しごとには途中も生じて
プレイボタンで音楽がまぎれこむ。
抽象的な音のつぶが精神になり
屍斑色にかわりゆく贅沢
死ぬまえにこそ聴くべきものに
体もなく展引されからだは
いっしゅの水体になってしまう。
たぷたぷと層をなすこれが宮殿か。
重いということでこころも濡れているようだが
みなそこからみあげる音楽はひかりみたいだ。
位置を正しぼくはてもとに斜面をつくり
そこからじぶんの影を少しずつ
水盆へ落としてゆきながら
しごとの残部をじぶんの埒外に留保しだす。
鉄棒が眼のまえにある錯覚さえあり
それにしがみついたからだも上下にわけられ
その上下が微妙な差で冷えわかれている。
そういう体感がかなしいのだが
スポーツとはからだの部位を
ルールやチームプレイによって峻厳にわけながら
からだそのものを野に散在させるさみしさではないか。
スポーツみたいにはしごとができないだろう。
すわっているのに棒立ち
枝々を縦横にめぐらしている空中の戦略
みおろす距離にまさにあたまが浮かぶから
しごとには幾分かのめまいもふくまれ
ぼくは内話と外話の境界をからだに意識する
カトゥーン型の荒唐無稽をおぼえていた。
セルフ点滴、はるかぜにふくらむ
帆のひとみがぼくにあるか。
そこにあらわれた刺青のぼくは
それまでしてきたしごとに攪拌されて
もう誰ともわからなくなっている。
うすいお茶のようなものだけが
ぼくを下から支え、ぼくを照らし
安全弁にうながされたそこには
しずかな息の開閉が聴えた。
その音から穴がかんじられるとすれば
それがオシリスのようにばらばらになった身を
しごとに復帰させるしずかな中心なのだろう。
穴にあつめる自分をあつめる。
中断と間歇のちがいは
中断が永遠を予感させるおそろしさなのにたいし
間歇が存在の常態だということ。
ぼくがしごとをしているのかどうかはこうして
中断か間歇かわからないものによって不分明にされ
それでも未来からよばれた注意によって
ぼくとぼくの背後が筒状の全体となるから
顔ではない顔がまた空間に置かれている。
その見た目はしごとのように
うつくしくけがれているだろう。
ぼくが肉片だとして
肉片の傍にあるそれは虎に似ているか。
ともあれしごとを自覚することは
じぶんの遺影の想像につながるしかない。
 
 

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2011年03月08日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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